『付き合ってください』と言われて、それを承諾して初めて始まるものだと思っていた。
私はYから付き合って欲しいと言われたことはない。もっともそう言われたら断っていた。
毎日一緒に帰って、時々喫茶店に入ったり、日曜日に電車で出かけたり、手までつないだら、私たちは第三者から見たら『付き合っている』と思われても仕方がない。
(違う。私はYとは付き合っているわけではない)
いつ、どの時点で、どうすればよかったのだろう。私はYが初めて声をかけてきた時まで遡って考えを巡らせた。
ついて来ないでと言えばよかったのか。
喫茶店へ行くべきではなかったのか…
日曜日に一緒に電車で出かけた後、Yはますます図に乗ってきた。
Yの友達の〇〇が何組の〇〇さんと一緒にラブホテルに行ったと私に言ってきた。
私は不快になった。
Yはこうも言った。
『俺はオアズケを食らっている犬だな』
私はYが嫌になった。
嫌になり出すともう止まらなかった。
どうやったらYに『私たちが付き合っていない』ことを分かってもらえるだろう。
私は悩んで勉強が手につかなくなった。
高2の時は順調に上昇していた校内順位が高3から下降し始めた。
(あいつのせいだ)
私はYのせいにしたが、高3になって他の生徒たちが真剣に勉強し始めたからだということも分かっていた。
私はYがいつも待ち伏せして合流してくる道を避けて、遠回りして帰ることにした。
あいつは今日も待ち伏せしているだろう。約束したわけでもなんでもないのだ。あいつが勝手に付いてくるだけなのだ。
どの道から帰ろうと私の勝手だ。可哀想なんて思ってはいけない。
私は心に言い聞かせた。
最初からこうすれば良かったのだと思う反面、どうしてあいつのために私が遠回りしないといけないのかと腹が立った。
しかし、Yは懲りない男だった。
避けられているというのに、電話をかけてきて、私のことを好きだと言った。
私は自分のどこが好きなのかと、以前から不思議に思っていたことを聞いてみた。
Yは最初、目が好きと言った。
そのあと、全部が好きと言い直した。
私はYからそう言われても鬱陶しいだけだった。
私はYに訣別の手紙を書くことにした。
便箋10枚近くに渡って長々と
自分がはっきりした態度を取らなかったので勘違いさせてしまったお詫びを混ぜ
自分はあなたと付き合っているつもりはないし、この先も付き合うつもりはないと書いた。
手紙を書くのに何時間もかかった。
こんなことしている場合じゃないのに!!
なぜ受験が迫っているのにこんなことに巻き込まれているのかと思うと、腹立たしかった。
手紙はYの家に郵便で送った。
手紙を受け取ったYは電話をしてきて、
「手紙は燃やした」と言った。
あんなに何時間もかけて書いた手紙を一瞬で燃やされたのかと少し悔しかったが、
よく考えればそんなものを後生大事に取っておかれてYの子孫が見つけたりしたものなら私も恥ずかしいから、燃やしてくれてよかった。
それからも、しばらくの間は学校から遠回りして帰っていたが、元の道に戻した。
Yはもう現れなくなった。
学校では会うけれど、もともとクラスの中ではお互いに知らん顔していた。
男女で会話する人はほとんどいないという変わった学校だった。
私とYのことも同級生にはあまり知られていなかったと思うが、Yは自分の友達には私と付き合っていると話していたようだ。
Yはまだ懲りていなかった。
「クリスマスにプレゼントを渡したい」と電話してきた。
家の前の公園で待っている。プレゼントを渡すだけで帰るから、これで最後にするから少しだけ出てきて欲しいと言った。
私は断った。
しかし、Yは出てくるまで何時間でも待っていると言った。
勝手にすればいいと思った。
私は家を出なかった。
2時間経ったか3時間経ったか分からないが
少し気になって家の前の公園に出てみた。
さすがにもういないだろうという予想は外れ、制服を着て首にマフラーを巻いたYの姿を見つけた。
外は寒かった。
馬鹿じゃないかと思った。
受験生なのに、こんな大事な時期に何やってんだ。
Yは私にプレゼントを渡すだけで本当に帰って行った。
YがくれたプレゼントはRの文字が連なったブレスレットだった。
私のイニシャルはRじゃないのになぜRなのかと不思議に思った。それがロベルタというブランドのマークだと知ったのはずっと後のことだ。
それ以来Yは電話もして来なくなった。
やっと勉強に身を入れることができると思った。
しかし共通一次まであと1か月くらいしか日にちは残されていなかった。
続く