宮地神仙道

「邪しき道に惑うなく わが墾道を直登双手
または 水位先生の御膝にかけて祈り奉れ。つとめよや。」(清水宗徳)

ミスターブルースカイ

2018年09月29日 | Weblog







♪ミスターブルースカイ 
https://www.youtube.com/watch?v=YtU0FKP7tAs

♪青い鳥
https://www.youtube.com/watch?v=xfqEhaBNosc

♪智恵子抄
https://www.youtube.com/watch?v=4KMLS2-HAVs

♪愛と死をみつめて
https://www.youtube.com/watch?v=KIbDoLZ1z8M

♪愛のきずな
https://www.youtube.com/watch?v=AltIG42-zek


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2 コメント

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さくじつは・・・ (あ~麺)
2018-09-29 05:07:55
 昼過ぎに外出
近くの産土さまへ参拝
境内で宮司さんの親戚筋の男性が一人
黙々と掃除をされておられ当方挨拶
相手の方も気づかれて 世間話
少し掃除の手伝いをして来た次第
 十数年社務所の傍で忠実に咆哮していた
ワン君 今はもういないし 歳月はゆるやかに
流れ去りて・・・つまりはみんな消え去ってゆく定め
 空をふと見上げれば 行雲流水・・・・長閑
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をじさんは功徳を積まれたばい|・)b (もみ@キューリ夫人)
2018-09-29 06:51:33

|・)…

宮沢賢治は
大本信徒と接触したけれど
大本の影響は受けなかったようばい。

+++++++++++++++

佐々木喜善が後に郷里の遠野に戻り、大本に触れて大本信者となり、
大本のエスペラント運動を展開したので、
同じくエスぺランチストであった宮沢賢治とも交流を持つようになり、
賢治の郷里の花巻に佐々木喜善を招いてエスペラントの学習会をしたというのです。

その際に、いろいろと神仏論争をし、
大本と国柱会の教義論争を行なったようなのです。
その論争はしかし、
決して喧嘩にはならなかったようだと大本資料編纂所の方は言っていました。

 そうか。賢治はすでに大本に出会っていたのか。
そして、国柱会の信仰や自分の思想との対話を試みていたのか。
その出会いの不思議さと、対論の内容に思いを馳せると何かワクワクドキドキしてくるかのようです。
出会うべくして出会った者同士が、しかしそれぞれ自分の道を行じて一つになることはない、
という歴史の一齣を垣間見る思いです。

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