
ミラレパ尊者は
自分の図像を目にしたり
自分の名前を聞いたり
また 自分の伝記を読む、または聞く
または自分の言葉を読んだり 聞いたり
自分の事蹟を憶念したりする事で
浄土に至る事ができるという言葉を残されています。
以下 ミラレパ尊者が残された「瑜伽行者之歌」です。
「我乃西蔵一行者(がないちべっといちぎょうじゃ)
ミラレパ是我名(みられぱぜがみょう)
聞思雖瘠口訣豊(もんしすいせきこうけつほう)
心雖謙微堅毅大(しんすいけんびけんこくだい)
平日睡少修持多(へいじつすいしょうしゅじた)
知一而能知一切(ちいつにのうちいっさい)
一切所知帰摂一(いっさいしょちきしょういつ)
堪称実相之専家(たんしょうじっそうしせんか)
床小舒けん能随意(しょうしょうしょけんのうずいい)
衣単身暖楽怡怡(えたんしんだんらくはは)
少食能飽無飢餓(しょうじきのうほうむきが)
大瑜伽士所仰止(だいゆがじしょぎょうし)
具信徒衆時囲繞(ぐしんとしゅじいにょう)
生死怖畏作依怙(しょうじふいさえこ)
我於郷国無貪恋(がのうきょうこくむとんれん)
随意遨遊無定処(ずいいごうゆうむじょうしょ)
随意所行無顧慮(ずいいしょぎょうむこりょ)
無視世俗之礼儀(むしせぞくしれいぎ)
於世財物無貪執(のうせざいもつむとんしゅ)
食物浄穢如一味(じきもつじょうわいにょいちみ)
煩悩刺痛極微小(ぼんのうしつうごくみしょう)
声名美誉不関心(しょうみょうみよふかんしん)
早離能所心境執(そうりのうしょしんきょうしゅ)
已解涅槃之死結(いげねはんししけつ)
孤苦衰残老邁人(こくすいざんとうまいにん)
我常慰藉為友伴(がじょういしゃくいゆうはん)
活発如猴衆頑童(かっぱつにょこうしゅがんどう)
我常伴彼作嬉戯(がじょうばんひさきぎ)
瑜伽行者我ミラ(ゆがぎょうじゃがみら)
随意漫遊天下去(ずいいまにゅうてんかきょ)
願汝人天皆歓喜(がんにょにんてんかいかんき)
身体康健無疾病(しんたいこうけんむしっぺい)。」