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宮地神仙道

「邪しき道に惑うなく わが墾道を直登双手
または 水位先生の御膝にかけて祈り奉れ。つとめよや。」(清水宗徳)

「悲劇と喜劇」

2008年02月19日 | Weblog
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悲劇は喜劇より偉大である。
これを説明して死は万障を封ずるが故に偉大だと云うものがある。
取り返しがつかぬ運命の底に陥って、出て来ぬから偉大だと云うのは、
流るる水が逝(ゆ)いて帰らぬ故に偉大だと云うと一般である。

運命は単に最終結を告ぐるがためにのみ偉大にはならぬ。
忽然(こつぜん)として生を変じて死となすが故に偉大なのである。
忘れたる死を不用意の際に点出するから偉大なのである。
ふざけたるものが急に襟を正すから偉大なのである。
襟を正して道義の必要を今更のごとく感ずるから偉大なのである。
人生の第一義は道義にありとの命題を脳裏に樹立するが故に
偉大なのである。
道義の運行は悲劇に際会して始めて渋滞せざるが故に偉大なのである。

道義の実践はこれを人に望む事切なるにもかかわらず、われのもっとも
難(かた)しとするところである。
悲劇は個人をしてこの実践をあえてせしむるがために偉大である。
道義の実践は他人にもっとも便宜にして、自己にもっとも不利益である。

人々(にんにん)力をここに致すとき、一般の幸福を促がして、
社会を真正の文明に導くが故に、悲劇は偉大である。

問題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。
工か商か、これも喜劇である。
あの女かこの女か、これも喜劇である。
綴織(つづれおり)か繻珍(しゅちん)か、これも喜劇である。
英語か独乙語(ドイツご)か、これも喜劇である。
すべてが喜劇である。

最後に一つの問題が残る。――生か死か。これが悲劇である。

十年は三千六百日である。
普通の人が朝から晩に至って身心を労する問題は皆喜劇である。
三千六百日を通して喜劇を演ずるものはついに悲劇を忘れる。
いかにして生を解釈せんかの問題に煩悶して、死の一字を念頭に
置かなくなる。
この生とあの生との取捨に忙がしきが故に生と死との最大問題を
閑却する。

死を忘るるものは贅沢になる。
一浮(いっぷ)も生中である。一沈(いっちん)も生中である。
一挙手も一投足もことごとく生中にあるが故に、いかに踊るも、
いかに狂うも、いかにふざけるも、大丈夫生中を出ずる気遣いなしと
思う。

贅沢は高(こう)じて大胆となる。
大胆は道義を蹂躙して大自在(だいじざい)に跳梁する。

万人はことごとく生死の大問題より出立する。
この問題を解決して死を捨てると云う。生を好むと云う。
ここにおいて万人は生に向って進んだ。
ただ死を捨てると云うにおいて、万人は一致するが故に、死を捨てるべき
必要の条件たる道義を、相互に守るべく黙契した。
されども、万人は日に日に生に向って進むが故に、日に日に死に背いて
遠ざかるが故に、大自在に跳梁して毫(ごう)も生中を脱するの
虞(おそれ)なしと自信するが故に、――道義は不必要となる。
 
道義に重(おもき)を置かざる万人は、道義を犠牲にしてあらゆる喜劇を
演じて得意である。
ふざける。騒ぐ。欺く。嘲弄する。馬鹿にする。踏む。蹴る。
――ことごとく万人が喜劇より受くる快楽である。

この快楽は生に向って進むに従って分化発展するが故に――この快楽は
道義を犠牲にして始めて享受し得るが故に――喜劇の進歩は
底止(ていし)するところを知らずして、道義の観念は日を追うて下る。

道義の観念が極度に衰えて、生を欲する万人の社会を満足に維持し
がたき時、悲劇は突然として起る。
ここにおいて万人の眼はことごとく自己の出立点に向う。
始めて生の隣に死が住む事を知る。妄りに踊り狂うとき、人をして
生の境を踏み外して、死の圜内(けんない)に入らしむる事を知る。
人もわれももっとも忌み嫌える死は、ついに忘るべからざる永劫の
陥穽(かんせい)なる事を知る。

陥穽の周囲に朽ちかかる道義の縄は妄りに飛び超ゆべからざるを知る。
縄は新たに張らねばならぬを知る。
第二義以下の活動の無意味なる事を知る。
しかして始めて悲劇の偉大なるを悟る。……」

二ヵ月後甲野さんはこの一節を抄録して倫敦(ロンドン)の
宗近君に送った。
宗近君の返事にはこうあった。――
「ここでは喜劇ばかり流行(はや)る」

コメント

「豆腐のピザ」

2008年02月19日 | Weblog



そして毎日のように豆腐と果物を食していますが、いつもと違う豆腐
料理が食べたいと思い、今回は「豆腐ピザ」を作りました。
レシピはこちらを参考にさせて頂きました。

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(材料)

木綿豆腐  1丁
ブロッコリーのみじん切り 適量
玉ねぎのみじん切り 適量
シイタケのみじん切り 適量
塩コショウ 少々
ピザソース・ミックスチーズ 大さじ山盛り3杯

(作り方)

①豆腐は充分に水切りをし、表面にピザソースを塗った後、
クッキングシートを敷いたオーブントースターの受け皿に
並べます。

②みじん切りした野菜類を豆腐の上に載せ、上からチーズと
塩コショウをふってチーズが溶けるまで焼いて出来上がりです。

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簡単ながらもボリュームのある一品となりました。

コメント (2)