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【第二回】古代の思想家たち(諸子百家の勃興)

2010年04月12日 | ひとりごと
春秋(しゅんじゅう)時代は、東周の王様を(一応)シンボルにしているけれど、諸候同士の仲は結構悪い!

なにかと理由をつけて戦争(というか小競り合い)を繰り返していた。

ここで、技術発展がおきる。なぜかというと…

・戦争をするためには武器が必要になる→青銅器の発達
・戦争をするためには兵を養う食糧がいる→農業の発達
・戦争をするためには兵士が必要になる→戸籍などの整備

また、青銅器の発達により金属貨幣が登場することにも繋がっていった。金属貨幣は商業の発展を促し・・・・

というように春秋時代は、どんどんと技術が進歩していった

その流れの中で、数多くの思想家が登場する

各国の王様は、同じ兵力だった場合に、指揮官の力量次第で勝負が決まることを知っていた。

※将棋もチェスも同じ駒を使うけど、プレイヤーの実力で勝敗が決まる

王様は他国を打ち負かすために、優秀な人材を全国から集めようと必死になっていた

そこで出てくるのが「諸子百家(しょしひゃっか)」、いろんな考え方のグループ(家)のことだ。

代表的なものが「儒家」「法家」「道家」「墨家」「兵家」「農家」

様々な考え方の人が色んな国に行って自分を売り込もうとする。今風に言うと、新聞の勧誘みたいなもの

本当に優れた人もいたけれど、口先だけの無能も当然いた

だから王様は、実力を見分けるために、とりあえず国に迎え入れた。

迎え入れられた人は「食客」といって、一定期間その国に滞在できた。

その期間に「食客」は自分の能力をできる限りアピール!

能力が認められたら、国の支配者層になれたから

春秋時代はそんな時代


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ここまでが本日の内容です。次回は諸子百家の中でも最も有名な「儒家」について触れていきます。



≪Tomiyama tenyou≫


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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (BEFOREAFTER)
2010-04-12 22:59:13
登用制だった昔の中国に
今の俺達が行ったら
歴史変えられるだろうね(笑)
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