日本人のアイデンティティを探れ！～お天道様が見てる～

「小さい虫をわざわざ踏んで歩く人はいない」
どうしてでしょうか。
靴が汚れるから？　時間がないから？　意味が無いから？　
そんな表面的な理由ではなく、人間の奥底には自然の宗教心があるからこそ無益な殺生をしないのだと思います。

　小さな虫を踏んで歩く大人がいたら問題ですが、子供の場合はその限りではありません。僕は子供の頃に沢山の虫を殺した経験があります。わざわざ見つけた虫を踏む、なんてことはしませんでしたが虫に対して、とても残酷なことをやっていました。幼稚園時代には、ダンゴムシを見つけるとズボンのポケットに入れて集める遊びをよくやっていました。一時期その不可解な遊びがブームになったことがあり、誰もが（主に男子）ダンゴムシの大きさと数を勝負することに夢中でした。勝負に飽きると水を張ったバケツの中に放り込んだりと、ダンゴムシを苛めるようにシフトしていきました。ほどなくして先生にバレる所となり、その遊びは終焉を迎えましたがダンゴムシを見つけるとポケットに入れることは、癖になっていました。毎日のように洗濯物の中から白くなったダンゴムシの亡骸が発見されていたときもありました。そして、それは小学校に入学するまで続きました。

　小学生の頃は虫に対してとても残酷なことをやっていました。男の子というのは、当たり前のように虫を「処刑」するものです。多くは語るに忍びないのですが、爆竹をアリの巣に突っ込んだり、ロケット花火で蝉を爆散させたり…今考えるともの凄い残酷な遊びをしていました。これは僕一人だけがやっていたことではなく、皆が当たり前のようにやっていたことでもあります。

　そんな経験から「誰もが一度は通る道」だと思い込んでいたのですが、最近になって子供時代に虫で遊んだ経験が全くない人がいることを知りました。所謂、「都会に住んでいて親が厳しい」という家庭環境だった子供は虫にさえ触れないことが多いようです。そんな人から言わせると、僕達がやってきたことは「残酷！」とか「気持ちが悪い！」というように捉えられているようです。自己弁護ではないですが、僕は自分たちが虫に対してやって来たことが単なる“残酷”ではないと思っています。どうしてなのかわかりませんが、虫で遊んだことがない人はグレたり、感情を読むことが出来なかったりと不自然に成長することが多いように思われます（全てがそうではありませんが）。

　小学校を卒業する頃になると自然と虫を処刑することはなくなりました。なぜ急に虫を殺さなくなったのか自分でもわかりませんが、超自然的な存在を認識し始める頃だと思います。なにも宗教めいた話をしているわけではなく、どことなく虫を殺すことに抵抗を感じるようになってきたのです。これは「お天道様が見ている」や「罰が当たる」という言葉を聞いてきた影響だと思われます。実際には“お天道様”なんて信じていないのですが、なんとなく道理に反するようなむず痒さを覚えるようになり、皆パッタリと残酷なことをやめていきました。

　同じような話ですが、日本人はご飯粒の一つ一つに神様が宿っているということを信じています。本当にご飯粒に神様がいる、なんてことは微塵も信じていないのでしょうが、ご飯を残すことに抵抗のある人はとても多いのも事実です。米粒のことをシャリといいますが、この由来は仏舎利から来ています。古くから米を主食としてきた民族ですから、穀物の中には穀霊という精霊が宿るとされていました。それが仏教の伝来とともに米粒を仏舎利に見たてて、米粒の中に神と仏を同居させてしまったのですが如何にも日本人らしい考えだと思います。今日では、あからさまに「米粒の中には神と仏が～」なんて話を信じている人はいませんが、やっぱり心の何処かで超自然的存在を感受しているのではないでしょうか。一昔前に話題になった「勿体無い精神」はそんな日本人の心を上手く表現した言葉だと思います。

　一方で、お隣の中国はどうでしょうか。中国人は食事を残すことに抵抗があるどころか、積極的に食事を残します。中国山東省済南市にある山東大学の食堂では食事を残す学生が沢山いました、彼らは一度に多くの料理を注文し少しずつ賞味すると残します。これが中国人の全てに共通することではありませんが、日本と比べると確実に料理を残すことに抵抗がないようです。日本の大学生協の食堂を見てもわかるように、食事を残す日本人学生は滅多にいません。僕も山東大学の食堂で食べていたとき、どんなに体調が悪く食欲が無いときでも無理やり食べたり、留園（留学生用宿舎）に持って帰って食べました。この行為が却って体に悪いことは理解しているのですが、どうしても食事を残すことに抵抗があったのです。僕以外の日本人も多くは同じことをするでしょう。これこそが日本と中国の精神面の違いのひとつです。中国人は食事を粗末にしている、なんて言っているのではありません。彼らには彼らの規範や思想があるのです。
　
　日本には“食べ物を残すことに抵抗がある”という暗黙の規範があります。わざわざ仏教や神道の教えに則らなくても、日本で育ってきた人間は自然とそうなるのでしょう。
つまり仏教や神道以前のアミニズムが日本人には備わっているのです。そして、その精神が宿るのは虫を無意味に殺さなくなった時ではないでしょうか。




《Tomiyama tenyo》