人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

京大の変人

2018年05月26日 | 日記

百万遍にこたつーー

ああ、出たか、

京大の変人・・・

いるんですよ、時折。

京阪電車のなかで

奇妙なビラを丁寧に一人ずつに

配っている学者風の変人も

旧制高校のマントを着てその下に

漫画抱えていた人も見たし

時としているんですね。

それが京都に大学多しといえども

決まって「京大」なのです。

変わってるけど何かしら憎めない

こういう人種がまだ生息しているんだなあと

かつての「京大」の片鱗をちらりと

見ていた老婆はむしろ

懐かしく微笑ましいのでした。

あ、もちろん

百万遍のど真ん中のこたつは

さすがにやりすぎですよ!


兄と弟

2018年05月25日 | 日記

「兄弟は他人の始まり」とは

昔の人は真実を言いましたね。

それは別に兄弟が仲が悪くなったり

するということではないのですね。

幼い時は弟が兄の命令に服従しているものですが

兄への反抗期をすぎて大人になると

それぞれの生き方を批判し始めるのです。

姉妹でも同じことですね。

ただ、女同士は見た目

仲いいのが一般的のようですが。

弟は兄を峻烈に批判し

兄も同様・・・

その批判の受け皿が母親なんですね。

母親が生きている限り

受け皿役は覚悟しなければなりません。

私自身、姉妹のことを批判する

その聞き役は母親でした。

ああ、こんな心境で母は

私の「姉妹批判」を黙って

聞いていたのだなあと

今になって噛み締めております・・・


女性の活躍

2018年05月24日 | 日記

「女性の活躍」と

こう書いただけでも

女性差別の気がします、いえ、きっと

そうなのです。

ある大学の女性教授が立派な発表をしたところ

受講していた市民のおじさんが質問しました

「先生は女性なのにどうしてそういう研究をされたのですか」

答えようがないのはもちろん

日本のおじさんの意識はその程度なのですね。

女性の政治家や首相が出ない

ーー国会議員として出てもまだお粗末

F島氏とかLほう氏とかT元氏とかーー

なのに男女の数合わせとして

女性枠を政治の場に設けるなんて

愚の骨頂ですね。

資格のある女性は

政治的見識と実力にすぐれるゆえに

国を担ってほしい。なのに

数字枠だからっていうのは

あきらかに日本の政治の質が

今よりさらに低下するのは

火を見るよりあきらかですね。

こんなことしなきゃ

女性が政治に出て来られないという

とてつもない政治後進国なのは

あの官僚たちのセクハラが

セクハラの意識すらなく横行している

現実を見ればわかります・・・


アニメを実写化?

2018年05月23日 | 日記

日本のアニメの凄さはいうまでもありません

アニメの世界は

私たちの想像をどこまでも

どこまでも

広げて架空の世界で遊ばせてくれるからこそ

のものでしよう。

アニメは実物では計れない

想像力を駆使して楽しめるもの。

だからこそのアニメ

ですから

実像はもともとこれを

超えるものではないのですね。

だからアニメ、なのですもの(二度目)。

それを実写化したら

アニメよりぐんとつまらないものになるのは

あたりまえなのですね。

実写はすぐ「そこにある実物」にぶつかりますが

アニメはぶつかる実体がないから

どこまでも広がります。

例えば「マッチ売りの少女」を

アニメで描くと

どんなふうにでも「貧しい少女」が

描けますが

実写化すると

子役タレントの⚪️子ちゃん

が演じるだけです。

つまらない・・・・

 

 

 


畑が教える

2018年05月22日 | 日記

ずっと収穫が続くわけでは

ないけれど

昨日まで収穫し続けたえんどう豆が

ふっつりと終わったとき

色々と教えてくれたのでした。

お前は生きて役目を果たした

そして今日

その役目は終わったのだ

人生はえんどう豆と同じだよ

役目を終えたら

消えればいい。

人生はそうやって次の収穫に向かうために

終わらなければならないと。

黙々と畑で働く人々は

きっと

このような教訓を知らず身に付けて

いくのかもしれない。

そして傲慢にならずに

生きていけるのかもしれない

最後のえんどう豆を収穫しながら

思ったのでした。