他の山岳信仰の形態もある。奈良の三輪山は山体が神奈備とされ、大神神社のご神体だ。山中には磐座が三か所あり、山岳信仰のもっとも古い様式を伝えている。同様に山体がご神体で、山頂を禁足地として遥拝するだけの山もある。例えば、対馬の天道山と龍良山、近江の赤神山(太郎坊山)などだ。
恐山は貞観4年(862年)に慈覚大師(円仁)が開山し、後に曹洞宗の宏智聚覚が中興した。しかし、信仰の基本は地蔵信仰で、宇曽利湖、極楽浜、百三十六地獄などの景観で「死者に会える・死者を弔う山」の様相を呈する。同様の仮想現実は、月山、葉山、白山、立山、高野山、那智妙法山などにある。
両子山は国東半島の盟主だ。この地に養老年間(8世紀初頭)に仁聞が多数の寺院を開いた。後に宇佐神宮の八幡信仰と修験が習合し、半島に広がる三十三か所の密教寺院に宇佐神宮を加え、六郷満山霊場(六郷とは山稜の六つの郷の意)を形成した。熊野磨崖仏などの石造美術が今も多く遺る。
天狗信仰も興味深い。天狗は山で見られる怪奇現象の象徴で、妖怪や魔界の住人と見做されていた。後に驚異的な力をもつ修験者や武道者と同一視され、神通力を持つ神格、健脚や健康の象徴となった。日本三大天狗を祀るのは、京の鞍馬寺、武蔵の高尾山薬王院、上州の迦葉山弥勒寺で、いずれも山岳寺だ。
高千穂峰は日本神話のニニギが降臨した地だ。山頂には降臨の際に突き立てたとされる青銅製の天逆鉾(霧島東神社の御神体、現存するのはレプリカ)がある。村上天皇代(10世紀中葉)には、性空により修験道場が開かれた。周囲の神社(霧島六所権現)にはニニギら日向の皇祖神が祀られる。
剣山も不思議な山だ。本宮劔神社の御祭神は安徳天皇と大山祗命で、安徳天皇が宝剣を納めたという磐座がある。それに加えて、ソロモンの秘宝(アーク、十戒が刻まれた石板を収めた箱)が埋められているとの伝説もある。阿波地方には神話の神々を祀る神社が多くあり、古代史で重要な役割を果たしたのかもしれない。
世界の聖山といえば、須弥山に比定されるチベット西部のカイラス山だろう。仏教を始めとする四宗教の聖地だ。標高は6656mだが、その南壁は二千mの絶壁の威容を呈する。山麓に巡礼路はあるも登頂は伝説だけで、禁足地とされている。弥山(奈良の天川村や安芸の宮島)、妙高山はその和名だ。(続く)