最後に日本アルプスの成り立ちを見る。北ア(飛騨山脈)は、日本列島がほぼ出来た約250万年前は日本海へ突き出た半島だった。その後、地下の花崗岩などの深成岩が隆起して山脈の基盤を成した。そして170万年前頃に、今の穂高岳、槍ヶ岳、爺ヶ岳付近で破局的なカルデラ噴火が起こった。
噴火が収まった約130万年前、太平洋プレートの圧迫で東西圧縮の力が加わり、東方向に回転しながら隆起が生じた。併せてマグマの上昇があり、立山の西方、白馬、雲の平、鷲羽岳付近で火山活動が発生した。それを豪雪や氷河が磨き上げた。火山・隆起・侵食が、この変化に富む山容を形成したのだ。
これに対して、中央ア(木曽山脈)と南ア(赤石山脈)を形成したのは、主に東西圧縮による逆断層だ。中央アの岩質は、北部の経ヶ岳付近では付加体(領家帯)の変成岩(特に粘板岩)で、木曽駒から南部は花崗岩などの深成岩だ。千畳敷カールに聳える宝剣岳の尖塔は花崗閃緑岩だ。
南アは付加体(四万十帯)が骨格で、チャートや玄武岩などの硬い部分が頂上となった。但し、甲斐駒と鳳凰三山付近は花崗岩(金峰や瑞牆とも繋がる)で、鋸岳はその花崗岩からの熱で砂岩が変性したホルンフェルス(硬い)から成る。ちなみに、南端の光岳で輝く光岩は石灰岩だ。
最高峰は北岳で、間ノ岳は僅差(3193m対3190m)で次席に甘んじる。山頂部が硬いチャートか(北岳)崩れやすい砂岩・頁岩か(間ノ岳)で差がついたようだ。赤石岳の山頂部も砂岩や泥岩で様相は緩やかだが、盟主らしい重量感を与えている(赤石の名は東面の鉄を含む赤いチャートに由来)。
南アにもカールがある。分かりやすいのは仙丈ヶ岳で、間ノ岳や荒川岳にも見られる。北岳バットレスの岩壁も氷河による浸食があったろう。なお、南アは今も年間数ミリ(千年で数米)高さを増している(北アも同様らしい)。北東部で強く、1万年後に甲斐駒(2967m)は三千米峰かもしれない。
国破れて山河在りというように、山岳の姿は不変の象徴だ。人類史の範囲ではそうだろう。しかし、十万年単位でも相当に異なり、百万年では面影だけ、億年では完全に想像を絶する。それはともかく、山々の姿はどれも味わいがある。地質学的な来歴を知ればその思いも更に深まろう。(了)