ウォーキングと旅行でのひとり言

西の小京都 尾道 文学・古寺巡り その3

今、尾道の文学記念室の前にいます。





この建物は、元々は、地元企業役員の福井邸でした。

福井邸の希望により、1998年に市が建物ならびに庭園を整備し、文学記念室として公開しました。

この建物は、映画「太陽は泣かない」(1976年飯塚二郎)、「あの、夏の日」(1998年大林宣彦)のロケ地でもあります。


ここから、次の地図の黄色の線に沿って番号順にウォーキングを続けます。





元の路地へ戻り、少し東へ歩いたところの風景です。

わりと、高いところにいます。





さらに東へ歩きます。





遠くに、「新尾道大橋」が見えたので、望遠を使って撮ってみました。





ここから少し行くと、「天寧寺 海雲塔」に着きました。





1367年に足利義詮が建立しました。

その時は、五重の塔でしたが、江戸期の1692年に上の二重を撤去し、三重塔に改められます。

和様に禅宗様式を取り入れた建築当初の姿をよく残しています。

高さは25mです。

三重塔のバックに見える海と空は格別とのことから、海雲塔の名前が付きます。

尾道を代表する景色。






次の観光ポイントの「中村憲吉旧居」に向かいます。


途中に通った風景。

下の方の店に猫の看板が見えます。

ちなみに、尾道は猫でも有名なところらしいです?⋯⋯⋯。

坂道を歩いていると猫によく出会いました。





上りの道を歩いていきます。





左手の下の方に、あの海雲塔が⋯⋯⋯、遠くの海も⋯⋯⋯。





石段を上がります。








しばらく行くと、「中村憲吉旧居」に着きました。





1933年12月25日に病気療養のためこの地を訪れ、1934年5月5日に亡くなりました。46歳でした。

斎藤茂吉をはじめとする多くの文人たちが見舞いに訪れたといわれています。





千光寺に夜もすがらなる時の鐘 耳にまぢかく寝ねがてにける 中村憲吉

広島県三次市の人、アララギ派の歌人。



ここから次の観光ポイントの「千光寺」に向かいます。
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