この本は、自閉症の若者が犯した殺人事件の裁判を追ったものである。筆者の佐藤氏が強調しているのは、以下のことだ。
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マスメディアの過半は、最初から最後まで「責任能力を争点」として報じてきたが、これはまったく皮相な理解である。
くり返すが、弁護人の意図とするところは、自閉症の障害を主張し、心身喪失・心身耗弱を認めてほしい、刑を軽くしてほしいと求めているのではない。<略>
それは、逮捕拘束から始まり、取調べ、自白供述書の作成、鑑定のあり方、裁判での証言、そして処遇など、自閉性の障害(発達障害)をもつ人びとの刑事手続き全体を視野に入れた異議申し立てがなされているのである。
※p.106~107
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ものすごく簡潔に言ってしまえば、要は「自閉症の特性を理解した上で、キチンと取り調べや鑑定を行ってほしい」ということだろう。厄介なことに(という言い方は乱暴だが)、犯人の青年の障害は重度ではない。彼は軽度の知的障害者であり、おそらく「アスペルガー症候群」というカテゴリーに分類される存在だ。一見すると、いわゆる健常者とさほど変わりなく見えるだろう。ちょっとオツムは弱いけど、それなりに社会生活を送ることができる、というレベルだ。たとえば、韓国映画『オアシス』の主人公に近いかもしれない。映画の中では触れられていなかったが、あの粗野な主人公が軽度の知的障害者だったことは明らかであり、自閉症である可能性も高い。
しかし、弁護側の主張は理解されない。というより、検察側は――そして、おそらく司法の側も――「結論ありき」で物事を進めようとする。この青年が犯人であることは間違いない。そして、そこには明確な殺意があった。社会的な影響も考えれば重い刑が科せられるのは当然だ。こうしたシナリオに沿って、公判は進められる。その中では、筋立てを破綻もしくは混乱させるような証言は葬られる。事件を目撃したタクシー運転手の証言は明らかに信憑性の高いものだと思われるのだが、検察官はそれを採用しなかった。「観察の主観的条件の差異」がある、と判断したのだ。
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「観察の主観的条件の差異」という言葉の威力である。極論すれば、それはどのような目撃証言もそのひと言で斥けられうる、そのような言葉だ。
あなたのその目撃証言は、一連の状況から考えて、ぼんやりしていたときに見ていた記憶である。観察の主観的条件が異なっている、そのように判断した、そう告げられたなら、そこで終わりである。<略>
つまりこの言葉は、そこで弁護側の反証が行き止まりとならざるをえないロジックであり、「問答無用」を内包したロジックなのである。
※p.193~194
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「結論ありき」で物事を進めるのは、警察や司法だけではない。マスコミも同様である。いや、そこに「娯楽」という要素を加えようとする姿勢は、さらに悪質だと言えるかもしれない。この本によると、遺族に対する強引な取材は熾烈を極めたようだ。いつも思うのだが、なぜ悲しみの底に沈んでいる人々にマイクを向けようとするのだろう。災害時に公共の利益となるような情報を聞き出すためならともかく、不慮の事故や事件に巻き込まれた人々に対しては「そっとしておこう」と思うのが真っ当な人間であろう。
読み進みうちに、やりきれない気分に襲われる。大切な娘を殺された肉親の悲痛な想いは筆舌に尽くしがたいだろう。犯人に極刑を望むのは当然だ。だが一方で、やはり取り調べや公判は公明正大に行われなくてはならないと思う。筆者の佐藤氏も、その狭間で何度も思い悩んだようだ。その想いは文中で何度も綴られている。書き上げるまでに、おそらく数え切れないほどの葛藤を乗り越えてきたのだろう。その精神力は賞賛に値する。
最後に、特に印象に残った箇所を引用させていただく。
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ここから窺われることは、まぎれもなく、知的なハンディをもつ人たちが、事実関係をうまく語ることができないまま自白供述を取られ、裁判に乗せられ、覚束ない証言のままに刑務所に送られていく、という現実である。
<略>
取調べがビデオ収録などによって可視化されること、テープ収録されること、取調べ段階において弁護人もしくは、事情をよく知る福祉関係者などの立ち会いを認めること。出所後の福祉支援を制度化すること。このどれかひとつだけでも果たされるなら、事態は変わるだろう。
※p.240~241
『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』佐藤幹夫(洋泉社)
http://www.yosensha.co.jp/jinbun2.html
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