●『キャッチャー・イン・ザ・トイレット!』伊瀬勝良(双葉社)
ネット上で『オナニーマスター黒沢』というタイトルで発表された小説。かなり評判になったそうだけど、僕は知らなかった。
主人公は中3の男子。放課後、ほとんど人が来ない女子トイレの個室にこもって自慰をするのが日課、という少々ヘンテコな性癖の持ち主だ。なので、おちゃらけた展開になるかと思ったんだが、これがどうしてどうして、思わず襟を正したくなるようなビルドゥングスロマン(教養小説)なのである。主人公の潔さ、真っ当であろうとする心情には胸が熱くなっちまった。ほんまりうの傑作マンガ『息をつめて走りぬけよう』にも通じる切迫感と爽やかさが味わえる、青春ストーリーの秀作。
●『巡礼』橋本治(新潮社)
ゴミ屋敷に暮らす老人の生涯を追った物語。しかし前半は、近所に住む主婦の内面が長々と描かれる。明らかに冗長であるとも思えるが、それこそが橋本治の持ち味でもある。評論やエッセイとかでも話がどんどん脇道に逸れていって、それはそれで面白いもんね。
中盤では老人の若き日々が描かれる。そこで語られる「時代の移ろい」や「価値観の変容」は、ものすごく端的で核心を突いており、さすが橋本治、と感嘆させられる。とはいえ、やはり少々回りくどいぞ……と思いつつ読み進めていくと、ある出来事によって主人公を取り巻く状況が一変する。そこからは、まさに怒濤のような展開。ほんの些細な感情のズレによって人は大切なものを失い、死んだように日々を過ごすようになってしまう。そして、いったんはまり込んでしまった泥沼からは、並大抵なことじゃ抜け出せない。ハタから見れば「信じられないような状況」であっても、そこに至るには何らかの必然的な理由があるのだ。
この主人公の気持ちが僕にはよく分かる。もしかしたら僕も同じような道を歩むかもしれないのだ。どうしようもない悲しさ、苦しさ、やりきれなさが伝わってきて、読んでいていたたまれない気分になっちまった。
●『ヘヴン』川上未映子(講談社)
苛めを受けている少年の苦悩を綴った作品。同じように苛められている少女と秘かに交流を持ち、彼らは友情を育んでいく。だが、二人への迫害はやまず、状況はますますひどくなり……という、なんとも痛々しい内容。読み進めるのがつらくなってくる。
とはいえ、ものすごく現実的な物語というわけでもない。どこか虚構めいているのだ。特に、苛める側の少年「百瀬」のキャラクター。積極的に加担しているわけではない彼が主人公と長い会話を交わす場面はこの小説の中でも特に読み応えのある箇所だが、そこで語られる言葉は著しく生々しさを欠いている。しかし一方で、おそろしいほど理路整然としており、主人公に反論の余地を与えない。そして、読者(というか僕)は思う。この百瀬の論理に打ち克つことが、今を生きる僕らの使命ではないか、と。
それはともかく、「驚愕と衝撃、圧倒的感動」とか「涙がとめどなく流れる」とかの宣伝文句はいささか大仰じゃないだろうか。むしろ、ありきたりの感動へ至ることを排した姿勢こそ、評価すべきだと思う。
●『差別をしよう!』ホーキング青山(河出書房新社)
「14歳の世渡り術」シリーズの一冊。身体障害者でありお笑い芸人でもあるホーキング青山が、「他人と比べることの大切さ」を語っている。実体験に裏打ちされた言葉には説得力があって、読み応えは充分。
ただ、この本、ちょっと推敲が足りないんじゃないかな。同じようなことを何度も繰り返している箇所もあるし、明らかに校正ミスと思える文章もある。それが残念。
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