異視点

世の中のなぜ?人生のなぜ?宇宙のなぜ?を垣間見ましょう!

末路

2013-01-27 22:16:10 | 真理 言霊
もしもある精神的な道を求める人が、

粗暴な言葉を語り、

ときに他人を悩まし、

本能の衝動によってのみ行動するならば、

その人の生活はさらに悪いものとなり、

自分の塵(ちり)汚れを増す。



争論を楽しみ、

迷いの性質に覆われているその者は、

目覚めた人の説いた理法を説明されても理解しない。



かれは無明に誘(いざな)われて、

修養をつんだ他の人を苦しめ悩まし、

煩悩が地獄に赴く道であることを知らない。



実にこのような者は、

苦難の場所に陥り、

母胎から他の母胎へと生まれ変わり、

暗黒から暗黒へと赴く。

死後には苦しみを受ける


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霊界の懲役

2013-01-25 15:00:00 | 物語:『多次元世界にあるライフシアター』
物語の続き       物語49.



「随分かわいい草履はいてますね」



「ああこれ、
 変ですか?」



「赤い鼻緒って。ぷっ!」



「何笑ってるんですか?」



「あ、いや、プッ、ハハ」
真右衛門の格好におもわず可笑しさが込み上げてきた。
“こんなに厳格そうなサムライが、なに子供っぽい格好してるんだよ”



「総さん、これくらい幼子のようにおちゃめなところがなくっちゃあ、
 天国には入れないんですよ・・・
 わたくしのそういった一面が履いている草履に現象として現れているわけです。
 戦国の世に生きた武士ですが、厳しいだけじゃないんですよ。私だって」
意外に謙虚で優しい真右衛門のこういったところが俺には彼が一段と大きな存在に思えた。



「ところで、総。
 早速ですが、今から、
ちょうど人が立ったままスッポリ入れるような穴を掘っていただけますかね」



“ゲっ!”
「嫌です。俺、別な形で帰りたいよ」
思わず大声を出してしまった。



「大丈夫ですよ、総さん、
 生き埋めなんかしませんよ。
 そんなの単なるイジメじゃないですか?
 もっと、素敵な方法を用意しましたので、
 そこまで案内します。
 まあ、歩きましょう」
どうやら、地上の肉体に帰る方法は、
《三島 総 生き埋め方式》ではないようである。



遠くには、富士山のようなとっても形の整った山が見えるが、
とりあえず、山脈の中の1kmくらいの平地で、
その先には何も無い土の上を俺たちは歩き出した。



「総さん、
 地上に帰ったら、若林さんとの関係の修復
 これお願いしますね」
“若林!
前世、無実の罪にかかわらず毒殺による処刑をされたということで、
ずっと俺に怨念を持っている男だ”



「うーん・・・
うーん・・・
えーい、仕方が無い!
真右衛門さん、俺やります。
 だって、今地上に生まれ変わっている俺にしかできそうもないことだし、
 あなたも背後からいろいろと力を貸してくれるんでしょ?」



「そのとおりです。
 それに、力を貸すのは私だけではありません。
 あなたを助力しょうという者は他にもいるのです」



「他にも?
 ですか・・・
 誰なんだろ? ま、いいや
 なんだかやれそうな気がしてきました。



 ところで、
 僕はまだ、死んでなくて、
 もう一度地上に戻るとすると、例の地獄の一丁目に落ちている
 加藤と佐野を迎えに行くことはできそうもありませんね」



「いえ、たぶん、行けると思いますよ。
 百年くらいではあの世界から出て来ないでしょうから」

遠くに透明なクリスタルのような箱がひとつ
キラキラと太陽の光を反射させながら
空から舞い降りてくるように見えたが、
俺はそれには気にも止めず、
真右衛門の方をチラっと見た。

真右衛門は、前方の美しい山を見たまま、何かに集中しているような、
あるいはなんとなくうわのそらのように見えた。


つづく


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2012年、そして2013年へ

2013-01-21 11:11:00 | 善いスピリチュアル・悪いスピリチュアル
えー、今日は2013年の1月21日です。


人為的な事件は社会でいろいろと起きておりますが、


その他は、いたって平穏な世の中です。


よかったです。


わたくしは以前、このブログで以下のようなことを書きました。


・・・・・
アセンションというものこれはまず間違いなく起きない。


これは、2013年を迎えれば、結果は明らかになります。


もちろん、2012年にアセンションが起きれば、


このブログもないでしょう。
2011年4月4日 「2012年アセンションは起きない!」より(←一緒にご参照ください)
・ ・・・・・・・・・


よかったです。


アセンションが起きていればこのブログは畳んでいました。


だってそうでしょう。


絶対起きないと言っておいて、起きたのでしたら、


そんな人はもう、何も言う資格ないでしょう。と思うからです。


このアセンションというのは今後も起きません。


精神的にも起きません。


地球の全人類に対して何かが進行しているわけでもありません。


スピリチュアルな世界の信仰がどんどん広がっているわけでもありません。


精神的に不思議な現象がふつふつと沸いてもきません。


その世界にどっぷり浸かっていて、渦中の人物にはそう思えてもです。


客観的に通常の生活を送っている人からすれば、


前と何も変わらないと言ってその意見を譲らないでしょう。


スピリチュアルという世界を信奉している人はやはりまだ一握りです。


そしてその中で、マヤの文明と次元がどうのこうのという話を信じている人は、


そのまた一人握りです。


そういう人たちの中で何かが進んでいると感じていたとしても、


その他多くの人たちには何も起きていないのでしたらこれは、


全人類的に支配的な何かが進行しているわけではないということは、


当然の理です。


アセンションが未だ起きていないにもかかわらず、


少し時期が遅れているんだとか


心の中で起きているんだとか


どんなにがんばっても


全人類的に支配的な何かが進行しているわけではないということは、当然の理です。


仮に、「私には確かに起きている」と言っても、


「あなたにはね」と言われてしまうものです。


等しく全人類に、


あるいは大多数の人々には関係のないことであった


ということになります。


それを認める人がいるならば、


誠実さと、


正直さと


素直さと


客観視できる能力があるということを


意味することになるでしょう。


しかし、アセンショナリストの中でそういうことのできる人は本当に稀でしょう。

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知識はなぜあなたを助けるのか?(災害編)

2013-01-18 15:30:00 | 教訓
先日、関東にもたらした大雪が今も溶けきらずに残っているということで、


道路が滑ってたいへんだと。


お気をつけください。


雪国の人からこれを見ますと非常に愚かというとなんですが、


滑稽な感じがするんですね。


大雪が降ると、滑って転んで病院に運ばれた人や、


交通事故、それに坂道を上れずに大渋滞している様子を見ると、


そもそも、「夏タイヤで出かけるバカがいるのか?」


     「毎年大雪で同じニュースが流れてそうなることがわかっているのに、学習能力がないの?」


というふうに思うようです。


反対に、台風なんかは、北海道までくると温帯低気圧に変わってしまうことがほとんどなので、


台風に免疫がまるでありません。


大型で強い台風が来ても、平気で通常どおり犬の散歩をしていて、


折れた木の枝にぶつかって病院に運ばれたりしています。


これを見た本州の人は、


「そんな天候の日に外に出るバカがいるか?」


と思うそうです。


これら災難のもとはいったい何であるかというと、


『よくわからなかったから』ということにつきます。


知っていればなんということもありません。


雪国出身の人が関東の大雪に遭遇したとしても基本的には自動車を運転しないでしょう。


仮にどうしても運転することになったとしても、それがどれだけ危険な行為であって、


何キロでブレーキを踏むと最大どれくらいスリップするかをおおよそ予測できるという前提で


慎重に運転するでしょうから、事故のリスクはそうとう軽減できるでしょう。


逆に、


本州の方が、北海道で台風に遭遇したとしても、


基本的には屋内で待機するでしょうし、


仮に屋外に出たとしても、上空からの落下物等の危険に備え、


もっともリスクの少ない最短の経路で動くでしょう。


傘を差していて逆に傘が凶器になることもありますから、カッパを着て出かける。


ベランダに置いてある物を片付ける。


台風は目が来る前よりも、目が過ぎた後の暴風の方が強いため、


台風の目が来て、今のうちに!と思って外出せず、完全に暴風圏が過ぎてから


外出するよう注意するでしょう。


今日は、天候に基づいた話に終始したままで終わりますが、


知識は実にいろんな場面で私たちを救っている場面があります。


意外かもしれませんが、知識は隠れた幸せの基なのです。


いろんなことを知っているということはそれだけで人より、


悠々とした生き方ができるのです。


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赤い鼻緒

2013-01-15 12:30:00 | 物語:『多次元世界にあるライフシアター』
物語の続き        物語48.      

「んで?
生まれると前世の記憶がないことの
もう一つの理由って?」



「うん、もう一つはね。
 『一から出直す』って言うでしょ。
 『自分は一から出直したいと思います』なんてね。
 かっこいいこと言っちゃってね。
 人間はそういうときありますよね。
 ま、早い話がそういうことをしたいわけです」



「うーん、いまいちピーンと来ないんですけど。真右衛門さん」



「総、あなた、夢とかありますか?」



「ありますけど、それが何か関係あるんですか?」



「まあいいから、何です夢?」



「頭取ですよ。銀行マンですから。
 そりゃ、最後はそこまで行きたいですよ」
 


「じゃ、頭取になるために今何が足りないと思う?」



「営業ノウハウ、時間管理術、仕事の進め方、
 部下への指導力、勉強することはいろいろあるかな」



「世の中にそれをちゃーんとやっている人はいるんだよね。
 でも、総、あなたは何でそういう勉強や行動をしないんです?」



「ぐ!・・・
 痛いところを突きますね。
 なぜって・・・
 それは、なまけぐせがありましてね。へへ・・・
 大学もたいした一流じゃないし、俺はスーパーエリート
 路線から脱落してるからどうせね・・・」



「そこなんですよ。総さん」



「は?
 そこ?」



「あなたの今言った言い訳ね。
 すべて、過去の自分の話でしょ。
 怠け者の自分も、一流大学を出ていないこともすべて
 昨日より以前のあなたですよね。
 過去は過去。
 でも、今現在どうするかは、
 過去に関係ないですよね。
 つまりね、過去に引きずられているんですよ。
 過去出来なかったからと言って、これからも出来ないと
 なぜわかるんです?
 過去しなかったとして、なぜ今後もしないと
 なぜそう自分で運命を決定するんです?」
 


「はい。すみません。
 そうお説ごもっとも、
 恐縮です。あたしが悪うございました。。。」



「ふふ。転生してもこれと同じことが言えましてね。
 前世の自分の記憶があると、今世の生き方がそれに
 引きずられてしまうんです。
 例えば、前世で政治家だったとしたらね、なんとなく今世も政治家になろうか
 どうしようかなんて引きずられる。
 またね、前世で殺人なんて犯しているとね、俺は過去にあやまちを・・・
 大変な悪人なんだ俺は、なんてね。
 どうしても過去世に引きずられて生き方が狭まるんです。
 それで、
 一から出直したほうがいいと。
 記憶がないほうが都合がいいこともあるんですね」





峰々が連なる山の中腹になだらかな平地が100mくらい続いている。
そこに忠蔵が降り立った。
山肌は、草に覆われていない乾いた土色を露見している。

忠蔵の四本の足を支える山の地面は、
一瞬半透明になった後、また元の土色にもどった。

“この山も生きているんだろうか?”
一瞬そんなことを考えた。

しかし・・・
“こんなところに降り立って、俺をどういう風にして
元の地上の肉体に戻すというのだろうか?”

“地面から顔だけ出して、あと、首から下は地面の中に埋められて、
 「そのまま眠っていなさい。次に気がついたときは肉体に
収まっていますから」なんて言うんじゃねぇだろうなぁ”
そんな突拍子もない妄想が浮かんだ。



「少し歩きましょうか、総さん。
 忠蔵も少し休ませたいし。
 ま、疲れることはないんですが」
そう言って、真右衛門は、腕の力だけで自らの身体を
ジャンプさせた。
ストンと地面に着地する真右衛門。

俺はというと、真右衛門と同じようにかっこよく、
馬から飛び降りようと試みたが、滑って転げ落ちそうになったので、
あわてて忠蔵の首にしがみつき、ぶら下がり状態になったあと、
地面に飛び降りた。
真右衛門がゴールドの草履を履いていてその鼻緒が赤であることにこのとき初めて気づいた。


つづく


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