身だしなみ

作家松岡圭祐に凝っていて、千里眼シリーズを読みふけっている。
今、丁度読んでいるのは「千里眼とニュアージュ」という本で、ヒロイン美由紀が巨大組織のもくろむ悪事を暴いて、問題を解決するという勧善懲悪ものである。
あまりにも正義感の強すぎるヒロインに鼻白んでしまうが、テンポの速いジェットコースタームービーばりのストーリー展開や、時代に即した内容、あらゆる分野に精通した膨大な知識に圧倒され、さらには文章表現が私の読解力にすんなり沿ってくれるリズムなので、ぐいぐい引き込まれ読み進んでしまうのである。
さて
その本の中に、巨大組織が作り上げた完全福祉特別行政都市の話が出てくる。
いわゆる世間から落ちこぼれたひとたちに、衣食住の提供をしてくれるというある意味理想郷のような町が登場し、そこに住むひとたちが描かれる。
その中で気になったのが、身だしなみである。
働くこともせず、外に出かけなくても、すべてが揃うところに住むことで、ひとは身だしなみに気を配らなくなる、というのである。
なんとなく、それはわかるような気がする・・・

ちょっと前に、私の父が地元放送局制作の情報番組に登場した。
たまたま普段行きつけているお店で取材があり、そこに居合わせてしまったのだ。
いきなりマイクを向けられ、どきどきものだったようだが、その割にはなんだか場違いな固いコメントをしていて、私たち家族はオンエアをみて噴飯ものだった。
で、その録画を夫の友人に見せたところ、意外なコメントが返って来たのである。
「お父さんって、いつもこんな格好で食べに行くん？
これって、あらかじめ取材があるって聞かされていて、こんな格好していったん？」
というのである。
こんな格好、とは、普通にスラックスをはいて、シャツを着てジャケットを着ている。
それだけのことである。
だが、夫の友人によると、こんな格好は田舎では「外出着」だというのである。
田舎では、「外出着」というのは街のデパートや、何かの会合に着ていくものであり、ちょっと食事をしたり、スーパーで買い物したりするときには家にいる格好のまま出かけるので、こんなきちんとした格好はしない、というのだ。
こと、年配者においては、とのことだ。
これには私も夫も驚いた。
舅も、私の父も、外出時に家にいる格好のままでかけることはない。
もちろん、家の近所をうろつくくらいなら、普段着のままであるが、車に乗って出かけるような距離の場所へ、普段着のままでかけることなんて、まずはしない。
反対に、ほとんどの場所へ普段着のままでかける、というほうがビックリだったのである。
その話を会社で節子さんにしたら、節子さんも夫の友人と同じ反応が見られた。
「それは、よそいき、だわね。うちのダンナもお舅さんも、そんな格好で出かけたりしたことはない。」ときっぱり。
じゃ、どんな格好で？と問えば、ジャージにつっかけ、というようなパジャマ同然のような格好でも平気だし、別にそれが珍しい奇異な格好でもなんでもない、という。
はぁ・・・
反対に、節子さんの隣に住まう８９歳のお姑さんが、週に２回通うデイサービスに
いつも同じ格好で出かけるのは恥ずかしい、と気にしてスーパーの衣料品売り場であれやこれや洋服の品定めをするから、びっくりだ、と言うのである。
そういう節子さんは、オフの日に会ったりすると、本当に普段着のままで買い物に出かけていたりして、こっちの方がビックリしてしまったりする。
オンとオフの使い分け、というにしてもこれはちょっと・・・という感じ。
だけど、こういう装いに対しての意識、って大事なことなのじゃないかなぁ、と私は思うのである。
たぶん、私の父などは特別お洒落なひとでも、センスのいい人でも、洋服を気にかけるひとでもないのだけれど、どこに行くにもジャージにつっかけで出かけるようになると私はかなり心配になる。
そういう他人の目を意識した身だしなみ、って人間が社会と関わって生きていくことの基本だと思うから。
来年８０になる姑も、私なんかよりずっと流行に敏感である。
「最近、昔流行ったワンピースみたいなブラウスを皆着てやるよねぇ。
私もあと１０年若かったら昔のを出してきて着たいわぁ・・」
と、うらやましそうに話すのである。
姑が実年齢よりも１０も２０も若く見えるのは、そんなところにも秘訣があるのかもしれない。
田舎で暮らしていると、ついつい身の回りに無頓着になりがちだけれど、身体の線は崩れてきても、こざっぱりと、それなりに、きちんと、見える身だしなみは大切にしなければ。