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中村天風の講演-心と命について-

2005-08-08 | インド文化(ヨーガ・ガンジー・中村天風)
天風流、「心と命」の講演内容はいったいどんなものなのか?

私自身、生きている自身の心、そしていまある命に非常に
魅かれるものがあるのです。
それは、幼き時からそうでした。

「人はどこへ行くのか?生きるってどういうこと?」
そういう疑問がすでに4~5歳からあったのです。

哲学を知り、ヨーガを知ることは必然だったのかもしれません。
    ※
今日は人間の一番大事な命の大本を司っている心について理解をする。
心はその語源は「ころころ」にあり、
猫の目のようにコロコロ変わるのが心なのだ。
自分の人生を価値高いものにして生きる上で
大切な心というものを現代の人は判っていない。
だから、自己統御が出来なくて、病気などになる。
心は働きの方から見ると2つに分かれる。
肉体の方に付いている心と心それ自体に付いている心である。
肉体に関わる心には 中核心,植物心,動物心がある。
心に関わる心には  理性心,霊性心がある。
中核心;物質形成の心で全ての細胞に存在する心で
物質心ともいう。
そんなものがあるのかいなと思うかも知れないが、
知る、知らぬを問わず誰にでもある。
どんな物質にも芯がある。それが物質形成の心というものである。
感じないから気付かないだけだ。
植物心;動物だけでなく植え木のような植物にも存在している心である。
栄養を吸収し、老廃物を排泄する働きの心である。
この心がなければどんなに栄養を摂っても吸収できない。
「腹が減ったなあ」という状態を後で言う動物心に報告するのが
この心である。
それに気付いて食物を探すのは動物心である。
動物心によって取り入れられた食物を吸収できるように唾液を出し、
スムースに食道に導くのも植物心の働きである。
気道に入ったらえらいことになる。
そこから先は動物心は干渉できない。
全て植物心の働きで消化吸収する。
こんなありがたい心が自分の中にあるのを知らなかっただろう。

毒を食べた場合、諸君が気付かないだけで植物心が
ちゃんと吐き出させてくれる。
嘘だと思ったら蠅を食べて見ろ。
蠅を食べられるのはカエルだけだ。
ちょっと腹の具合が悪いとすぐ医者に行くが、
吐くもんを吐けば治るんだ。
植物心に任せればいいんだ。
これらのありがたい働きは植物心がやってくれる。
自律神経のもとで、自動的に行われるこれらの働き。
この働きの重要さに気づいていないで、
意志の力で作用する動物心のみを心と思っているから間違えるのだ。

この植物心を粗末にしてはいけない。
動物心が乱れると、脳幹を通じて植物心に影響を与える。
従って動物心の取り扱いが大切になる。
心の態度を積極的にしないと植物心が十分に働かなくなるんだ。
心の積極化が命にとって大切なのはこの理由による。

植物心が体を維持してくれている。
植物心こそが人間にとって大事なのだと
気づいたらしめたものだ。
後は、植物心の働きを妨げない生き方をすることである。
即ち、動物心の取り扱いが大切なのだ。
肉体の命を生かしていくために与えられている原始欲望
(食欲、睡眠欲、性欲)は動物心であり、
人間だけでなく、犬や猫にもある。
この動物心と関連する感情が植物心に大きく影響する為に
動物心の取り扱いが大切である。

人間はこの為に神仏を作った。
実際には神仏はいない。
宇宙に存在する真理を神といい、又、仏という。
動物心を犬や猫並に放置せずにきちんとコントロールする
ために神や、仏や哲学を生んだ。
動物心を、生命を維持するのに意味のある範囲でのみ作用
させるように統御を完全にすることが大切である。

動物心の中で植物心の働きを悪くするのが、
いわゆる怒ること、怖れること、悲しむこと、恨み、煩悶、
取り越し苦労、等々の いわゆる一切のマイナス思考である。
迷盲心があるから迷う。
姓名判断をしてみたり、
宗教にすがったりするのもこの心のなせる業である。
字画がどうのこうのと言うが地球上にすんでいるのは
日本人だけじゃない。
なるほど日本人の名前は字画が数えられるが、
アラビア人の字画はどうカウントするんだい。
おかしい話はない。
人間が人間である限り自分の運命を他人に
聴かなけりゃならないなんていう情けない話はない。
500年もすれば、宗教はなくなると思う。
宗教で救われようと思ってはいけない。
自分は立派な人生に生きようと思うならば、
そんな態度ではいけない。
宇宙を創造した大いなる力が、神であり、
本来の宗教である。
それに頼って御利益を得ようなどというのは
大きな間違いである。
このような迷う心、嫉妬、男にだって嫉妬はあるんだよ,
男の嫉妬は女の嫉妬よりひどいんだぜ、知っと(嫉妬)るかい!。
心配、憎悪、復讐心、等もよくない。
忠臣蔵を美談といってはやし立てるがあんな馬鹿げた話はない。
浅野の殿様が我慢すれば済んだことではないか。
それを我慢できなかったのが第一間違っている。
そんな、堪え性のないことを美談にしてはいけない。
又、大石が仇討ちをしたというが、
彼一人が行ったのならともかく、
大勢で徒党を組んでまるで暴力団ではないか。
第一、47人もの人間がその後の尊い人生を大切に生きずに、
つまらぬ事に命を落とすような生き方が
本当に正しいといえるとは思えない。

だから、復讐心もつまらない。
排他心,歯が痛いんじゃないよ、
誹謗、猜疑心、貪欲、失望、落胆、不平、不満、自暴自棄、
等々 これら28のよくない心が人間にはある。
こんな心が、油断すると、直ぐに心を支配する。

理性心の特色は
「推理と考察を司っていて、判断はするが、統御する力は無い」。

霊性心は人間としての尊い心なのだが、
発揮していない人が多い。
インスピレーション、霊能力もここから発現する。
人間には誰にでも、霊性心のあることを知っている人は少ない。
しかし、通常は特別の努力をしないと発揮しない。
ただ、ボーっと生きていたのでは、
動物心だけで生きることになる。
大きな力のごく一部を自分の心と思って、
それが全てと思って生きている。
ほとんど動物心で生きておりたまに理性心で生きている。
霊性心は出そうとしても出ない。
出るようにしないと出ない。出たくても出られないのだ。

仏教では心が明鏡止水でないと出ないという。
つまり、心の働きを休めなければ出ない。
それでなければ、先に挙げた28の本能心だけが自分の心と
思って生きる羽目になる。
その方法を他の人は知らない。
霊性心の発現に必要な方法として、
無念無想になる安定打座(天風師考案の方法)、
等の方法を 教えているのだから、
実行しなければいけない。

霊性心で生きる人間になることが天風会の目的である。
折角教わっているのだから、
これらの教えを価値高く捉えなければいけないんだよ。
常に霊性心が自分の心から離れないようにする事を確実にするために、
私なりに、自己に課していることがある。
そのことの実行を、今日は休もうなどと思うことは、
私は一度もない。
何故なら、それを体得するまでの苦労を考えると、
とてもそんなもったいない気持ちになれない。
こんな素晴らしいことはないと、実感しているからだ。

先日もある会員が来ていたが、
その前で、立ち上がり深呼吸を2回ほどした。
それは、私には意味のあることだった。
しかし、その会員は、何か見本を見せて
貰った位に思って恐縮していただけだった。
終わってから「ありがとうございました」と言っていたが、
そんな礼を言われる必要はなく、
私が必要だと思ったからやった迄で、
その人も、只見てないで一緒にやればよかったのだ。

生き甲斐のある人生を生きるのではない。
生き甲斐のあるのが人生なのだから、
その通りに生きたらいいのだ。
今、自分の考えている心は動物心なのか、
理性心なのかとチェックする事である。
霊性心であれば、その瞬間にスッと解決してしまっている。

心の無駄遣いをしてはいけない。
長生きするには、いい加減に生きていて出来ることではない。
心は価値高く生きるために与えられている道具である。
ところが道具である心に使われている人が多い。
心は道具なのだから、大切にして、手入れをして、
丁寧に取り扱い、生きる様にしなくてはならない。
そうすれば、どんな場合でも、明るく、朗らかに、
楽しく生きれるはずである。
使うべき心に使われることの無いようにすること。
心はその人の命と人生を完全に生きるために
与えられた道具である。
大切な道具であるから、粗末に扱ってはいけない。
心も体も道具である。体も粗末に扱ってはいけない。


それでは、本当の自分は何かというと「氣体」である。
霊魂である。
貴方の持っているハンドバッグは貴方のものだが、
貴方自身ではない。体も心もそうである。
自分の家庭の支配権を昨日、
一昨日来たお手伝いさんに委ねて、そのお手伝いさんに
使われる主人がいるかい。
自己生命の支配権は霊魂にある。
決して心や体にその支配権を委ねてはいけない。
ほとんどの学問は心が人間の本質と信じられ、
研究されている。これは大きな間違いだ。

1965年に中村天風という男が、
こう言ったということが後世で語られる時が来るはずである。
心を中心にすると理性と感情の衝突が起こる。
本能心で生きると、狭い視野で生きることになる。
それは人間以外の動物の生き方である。
人間の生き方ではない。

本能心を全て満足させることは難しい。
その結果満足感や感謝の気持ちが少しも湧いてこない。
こんなレベルで生きるのが人生の目的ではない。
人間はもっともっと尊い生き方をするものだ。

インドで「人間は何をしに生まれてきたのか、使命は何か」
と聞かれた。
こんな事を考えたこともなかったので、びっくりした。
「こんな事が判らないのか」と言われて
くやしかったので一生懸命考えた。

半年考えて、「進化向上のため」ということが理解できた。

「最初の内は生まれてきたのは苦しむためだと思った。
それまでに世の中の生存競争の激しさをつぶさに
見て暮らしてきたので、本当にそう思った。
苦しみながら一生を送り、
死んで安楽を得るという一般的な宗教観を持った。
しかし、インドの山中で考えながら、
周囲の大自然を見ている内に、その背後に創造主の存在を
自覚せざるを得なかった。
常に、今、今のこの瞬間に、次から次へとそこ此処に創造と
いう行為が際限なく展開されている。
地球の今までの歴史を見てもそうだ。
生物の進化の過程を見てもそうだ。
将に、停止することなく進化向上を実現している。
そして、その最高の造化の結晶が人間ではないか。

しからば、この人間の生きている目的も、間違いなく、
進化向上に他ならないときが付いた。
  ※
21世紀になって、人間の脳はかなり解明されています。
脳幹や大脳基底核などは、かなり原始的な脳であり、
生存に関する機能をはたしています。
威嚇、示威、闘争、逃走など、
自分の生存を確実にするための爬虫類脳なのです。
対して、前頭葉は人間的な理性をつかさどって
いるのです。

天風先生は、医学的なアプローチからも
心と命のあり方を科学的におっしゃっていますね。

「人間は何をしに生まれてきたのか、使命は何か?」

それは、「進化向上のため」だったのですね!






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4 コメント

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すみません (ほそ道)
2005-08-08 22:32:11
げ~っえ。

…すみません、こんな格調高いページにガラ悪いセリフ吐いて。

飛行機で、「降ろしてくれ」と叫んだ人の話、もう少し聞きたいです。

重ね重ね、すみません。

それと、あなたの美しい写真を見ながら、椎名誠の「インドでわしも考えた」を思い出したのは、不謹慎でしたでしょうか。

あ~、もう私たちの交流も、これで、終わりなのでしょうね。

重ね重ね重ね、すみません。

このコメント、すぐ、削除してください。
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ほそ道さん、そんな事ないですよ! (うめもも)
2005-08-09 21:55:55
「怪しい探検隊」、私も大好きです♪



別に格調高くないんですけど・・・。(自分自身も含めて。)

飛行機の話は、ほそ道さんのサイトに書き込みますね!(今、書き込む時間がないので後日でいいでしょうか?)



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霊性心 (未歩)
2005-08-20 16:32:59
うめももさん、こんにちは。

おっしゃってみえることはよく分かりました。



心に響いたのは、



--心は価値高く生きるために与えられている道具である。

ところが道具である心に使われている人が多い。

心は道具なのだから、大切にして、手入れをして、

丁寧に取り扱い、生きる様にしなくてはならない。

そうすれば、どんな場合でも、明るく、朗らかに、

楽しく生きれるはずである。--



と言う文章です。

私も落ち込むと道具である心に使われていることになるんですね。



心を丁寧に扱って、がんばりたいです。

ありがとうございました。
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ヨーガの奥義らしいです・・・。 (うめもも)
2005-08-21 12:36:25
未歩さん、心や身体を制御するのが

そもそもヨーガらしいのです。



「ヨーガは心(つまりは脳)を使いこなす

ことができるためのもの。」と先生から

聞いた事があります。



そのヨーガは、身体を動かすだけのものじゃない

のですね。

きっと、ヨーガの叡智は自分にとって命の水と

なってくれるだろうと感じています。

未歩さんの心の滋養になってくれれば、これほど嬉しいことはありませんヨ。
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