のくたーんの駄文の綴り

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眠り姫は夢の中 6章-4

2009-08-20 22:56:16 | 眠り姫は夢の中
「わたしがほかの人と少し違うことに気がついたのは、小学生のころ」
 ぽつりと呟いた瞳の言葉に、聖花は目を丸くした。「ど、どうしたのよ急に」
 さほど広くない浴室の空間。聖花と瞳の間には微妙な間が開いていた。
 羞恥――もある。が、聖花が瞳のことを怖がっているのが原因だった。
「いーから聞いてよぉ」
 いつものようにへらへらと笑いながら――しかし、その目はどこか悲しげに揺れた。
「怖いでしょ? わたしの眼。
普通の人には見えないものが視える……それが何を意味するのか、幼かったあの頃はわからなかった――」


あの日、些細なことで、瞳の日常は崩壊した。
怪我をした子犬。不憫に思った瞳が、助けようと近くに駆け寄った。
子犬はおとなしく、瞳にじゃれるように甘えてきた。
気を良くした瞳が、友達を呼ぼうと振り返った時――初めて自分が、人と違うことに気がつくのだった……

「子供って怖いよねぇ。幼いから、どんなひどいことも平気でやっちゃう」
 左肩を右手でなぞる。現れた傷跡に、聖花は息を飲んだ。
「最初は、視えるだけだった。でも、今はちょっと普通じゃないこともできたりするの」
 すごいでしょ、瞳が笑う。
「……どうして、その話をわたしに?」
 傷跡を直視できず、聖花は眼を反らして呟いた。
「秘密を共有してこそ、友達じゃなぁい?」
 身を乗り出した瞳が言う。相変わらずとぼけた物言い。その言葉の裏に隠された重みが聖花を息苦しくさせた。
「恨んだり、しないの? その眼のせいで、大変だったんでしょ?」
 その言葉に、瞳は一瞬呆けたような表情を浮かべ、すぐに笑い始めた。
「な、何がおかしいのよ!」
「聖花ちゃんかわいいわねぇ」
 笑いの衝動がいまだ収まらないのか、息も絶え絶えに瞳が言った。
「人ができないことができる。人に見えないものが視える。素敵なことじゃない。だって、それはわたしたちだけに与えられた、プレゼントよ」
「プレゼント?」
「わたしねぇ、聖花の話が大好きなの。夢の中の世界。人間とは違う人種、思想、宗教。おいしい食べ物だった、いっぱいあるでしょ?」
「そ、それはまあ、ね」
 目を輝かせる瞳に圧倒されつつも、聖花が相槌を打つ。
「普通の人がどんなに頑張っても、体験できないことを、わたしたちは経験している。それがたとえ、」
 瞳の眼が鋭く輝く。「命に関わることだとしても」
「……瞳、あんたどこまで知って――」
 瞳は応えなかった。いつものように笑顔で、「一つ忠告ね」
 聖花が言葉の意味を理解するよりも早く、瞳は口を開いていた。
「ザッキーの部屋の奥。白いもやのようなのに包まれたドアが視えても、入っちゃだめよ」
 聖花は背筋が凍るような錯覚を覚えた。「瞳! やっぱりあそこに何かあるのね」
 瞳が幾分真剣な表情を浮かべた。
「だめ。絶対に触れないで。帰ってこれなくなるから」
 聖花が問いただそうと口を開く前に、瞳は逃げるように浴室を後にした。
「……なんなのよ、もう」
 聖花に残されたのは、新たな疑問。そして、不安だった……


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