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意思による楽観のための読書日記

すべての内なるものは エドウイージ・ダンティカ ****

ハイチ出身の作者による短編集。すべての短編に、ハイチの歴史と現状が織り込まれている。ハイチといえば、大坂なおみさんの父の出身地というくらいしか知識がなかったが、当然そこには歴史があり、現代の問題もあった。

ハイチはカリブ海に浮かぶ西インド諸島のうちキューバの南東にあるエスパニュオーラ島の西三分の一を占める国である。東にあるのはドミニカで、以前植林の問題があって、Google Earthで見ると、緑のドミニカに比べてハイチの茶色の国土が明確で、政策の成功と失敗が明らかだった。

フランスの植民地だったハイチはナポレオンの精鋭部隊を打ち破り1804年に独立を勝ち取った。その結果、世界最初の黒人による共和国になったが、前途は多難だった。独立国として他国との通商を行うには、他国からの認知が必要だったが、旧宗主国フランスからの承認を勝ち取るために、その見返りに1億5千万フランの賠償金の支払いを求められた。それは10年分の歳入額に相当、その後減額されたものの、支払いが完了したのは58年後の1883年だった。

当時はまだ奴隷制度を敷いていたアメリカが、(奴隷制度廃止が1865年)ハイチを承認したのは1862年。アメリカはその後もハイチを黒人国家として差別的取扱いを続けている。列強各国がハイチを承認するまでに、差別的取扱いをされ、経済的搾取も継続したため、独立後もハイチ共和国は内乱と政変が頻発、経済は低迷し不安定な状況が続いたため、「西半球の最貧国」と呼ばれ続けている。1990年にハイチ史上初の民主的選挙で当選したアリスティド神父が大統領に就任。その後、アメリカ主導のクーデターで国内は再び大混乱に陥る。2010年には大地震が発生、31万人以上が死亡し、150万人が住む家を失った。

その後、アメリカの後押しを受けた大統領が不正投票があると噂がありながら当選。その後も、選挙の不正、支援金の政府による不正隠匿などがあり、政府の腐敗に国民の怒りは継続している。2019年には、国連派遣のPKO隊員によるハイチ人女性に対する性暴力が発覚、PKO隊員により持ち込まれたコレラが原因となり1万人以上が死亡した。国連は疫病がもたらした事態を謝罪したが、遺族への賠償は講じられていない。

本書で書かれている短編には、こうした歴史、政変、暴動、性的暴行、警察と民衆との衝突などが、そこかしこに現れるが、小説そのものは洗練されていて、読んでいて直接的な苦しみや悲しみの表現は表面化しない。しかし、それだからこそ、その心のうちにある悲しみが読み取れてしまうのが、本書のポイントであろう。

「ディアスポーラ」と呼ばれる国民の国外への逃散は、筆者にも及んでいて、両親に連れられてアメリカに逃れた筆者は、フロリダに暮らし、その後ニューヨークに住みながら、故国への思いを心のうちに秘めている。大坂なおみさんが全米オープンで7枚のマスクを付けて試合にのぞみ、BLM運動にメッセージを発信した。日本のマスコミも勇気ある行動として取り上げたが、本書を読んで、ハイチの歴史と現状を知ると、そんな単純な話ではないことが分かる。ハイチ出身の父親の子として、アメリカでテニスをすることの周囲の雰囲気は、明らかな差別的取り扱いも含まれていたに違いない。

日本でのBLMや大坂なおみさん報道を振り返って考えるのは、知らないということ、知識不足を認識しない人間の発言は、あまりにナイーブであるということ。その主張がそのまま拡散されてしまうことは、ある意味で罪である。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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