昴星塾(ぼうせいじゅく)のブログ

リサ・ロイヤルの「ギャラクティック・ルーツ・カード」に親しむ会。不定期の掲載。

よみがえり

2011年05月06日 | 日記

2011年5月6日

よみがえり

   

 歴史的な事件で翻弄される人々の中から、美しい音楽が生まれることがある。せめてもの救いだ。これについて、思い出したことを話してみよう。

 しばらく前、マクドナルドでコーヒーを飲んでいた時、あのボサノバの曲が流れていた。ブラジル音楽の主流はサンバ、あのリオのカーニバルはサンバで踊るが、一方ボサノバは言ってみれば、アルゼンチンタンゴとコンチネンタルタンゴとを比べてみれば、コンチネンタルタンゴのような感じだ。とくに、ジョアン・ジルベルトやアストラッド・ジルベルトの歌は有名だがほかにも沢山の名曲がある。ボサノバを聞いていると、行ったことのないブラジルがとても近く感じる。

 ブラジルとは何か、もしそう聞かれたら、僕は一も二もなくこういうだろう。「ぜひ、映画の名作“黒いオルフェ”を観てください」と。1959年のもうクラシックな映画だが、DVDになっている。多分そこに描かれているものは今も変わらないはずだ。ここで私たちはボサノバの名曲に出会う。ルイス・ボンファの「カーニバルの朝」という曲だ。この映画、ギリシャ悲劇からとったテーマだ。オルフェウスはギリシャ神話の琴の名手で、英雄イアソンがコルキスの金の羊の毛皮をとりに、アルゴ号に乗って出かけたとき、乗組員の一人だった。オルフェウスの妻はユリディス(エウリディケ)といった。最愛の妻だったが死んでしまったので、オルフェウスは冥府まで追っていった。そして冥界の王プルートーが、妻をつれて帰るのを許したのでつれて戻ろうとした。プルートーはひとつ条件を出した。決して振り返ってはならない、と。冥府から地上に出るところまできて、オルフェウスは不安から振り向いてしまった。その瞬間、妻は冥府にひきもどされた。オルフェウスの最期は、トラキアの狂信的巫女に引き裂かれたという。神々はオルフェウスの才能を惜しんで、彼の琴(リラ)を天空に置いた。それが、琴座だ。織姫星はベガだが、ベガは琴座の主星だ。そして、リサ・ロイヤルの本「プリズム・オブ・リラ」には宇宙の歴史からいえば、琴座こそが、私たちの天の川銀河における、人間型宇宙人が最初にでてきたところだと書かれている。

オルフェウスが音楽家として有名であるとともに、神秘教団のオルフェウス教としても知られているのは、このよみがえりの神話と関係があるのだろう。

 オルフェウスの琴は天界に上げられたが、オルフェウスにも後継者があった。彼らは、始祖のオルフェウスの楽器を次の世代のオルフェウスに伝えた。実際、こういう秘儀伝授はあるのだろう。禅宗でも、師匠が後継者と認めた弟子に衣鉢を授ける。オルフェウスの場合、いつのころか琴がギターになったようだ。“黒いオルフェ”の主人公もギターの名手で人気者で、子供たちはいつも彼に、毎朝、ギターを弾いて太陽を昇らせるように頼んだ。ルイス・ボンファの曲はこの時弾かれる曲だ。

 オルフェたちが住んでいるのは、リオの街中でもなければ高級住宅街でもない。貧民、黒人や混血の貧しい人たちが生活する丘のほうのスラム街(ファベーラ)地区で、彼らは年に一度のカーニバルで、仮装してサンバの踊りで優勝することを目的に生きている。今も変わらないのだ。ファベーラで生きるのは厳しく、黒人たちは昔、奴隷としてアフリカから連れてこられポルトガル人に支配されていたが、奴隷主に対抗するためにひそかに、舞踊のようにみせかけた武術であるカポエイラを編み出していた。連綿と続くカポエイラの達人たちによって、今、カポエイラは世界に広まっている。

 オルフェには積極的で情熱的な婚約者がいる。明日にも結婚と、婚約者のほうは大喜びだ。それに比べて、オルフェは何となくさめた感じだ。その日、オルフェにおもわぬ縁ができた。遠くの村からユリディスという名の若い美女がオルフェたちの住む丘のいとこを頼ってやってきた。村の男に追われていて、捕まると殺されるとおびえている。その夜、彼女は死神に仮装した男に襲われ、オルフェが助けた。二人は結ばれ、翌日、カーニバルに出演するため皆ででかけた。そのオルフェの婚約者はオルフェがほかに気をとられていることに気づき、女がいることに気づいて半狂乱となった。ユリディスは逃げ出したが、追ってきた死神男に電車の操車場に追い詰められ、そこで死んだ。オルフェは彼女を見失い、ブラジルの霊媒のところに行った。東北の恐山のイタコと同じように、霊媒の口から、オルフェは彼女の死を知った。

 翌朝、オルフェはユリディスの遺体を抱いて丘の家に戻った。半狂乱の婚約者が彼に石を投げつけ、オルフェはユリディスともども崖を落ちて死んだ。ギターは残った。子供たちは、そのうちで一番上手な子にギターを渡し、ここにあたらしいオルフェが生まれ、太陽を昇らせたのであった。

 

 さて、僕はボサノバの名曲を、セルジオ・メンデスのブラジル66という楽団の演奏で聞いたことがあった。女性ボーカルのジャズ風の快適な調子で「ビリンバウ」という曲を聴いたので、この楽器は瞑想の誘導につかわれる宗教的な楽器だとばかり思っていた。最近もう一度ブラジル66で歌を聞いていたとき、「カポエイラ/キ/エ/ボン/ナウン/カイ・・」という歌詞を聴いたとき、「おや、なんでカポエイラがこの曲にでてくるのだろう?」と思った。少し調べると、ビリンバウというひょうたんでできた琴のような楽器は、カポエイラに欠かせない楽器なのだそうだ。この歌詞の翻訳はむずかしい。こんな意訳をみつけたので、引用しよう。

「ビリンバウが聞こえる カポエイラが始まる 上手いカポエイラは転ばない 愛をかけた戦いだ」

名曲「ビリンバウ」を聞いてみたい人は、試聴してみるとよい。

http://www.neowing.co.jp/detailview.html?KEY=UCCU-80001

ビリンバウとはこんな楽器

 

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 衝撃的なニュースがまたひとつ来た。オサマ・ビン・ラディン殺害のニュースだが、震災から四十九日たって、この連休はブログも休もうと思った矢先のことで、とりあえず次は気を取り直す話題を提供したいと考え直した。それにしても、このビン・ラディン殺害は出来の悪いサスペンス小説みたいだ。同盟国の面子も踏みにじって作戦を行った。問答無用で本人の顔が吹き飛ばされ、死体はアラビア海の海の底だという。作戦名も「ジェロニモ」とつけて、沖縄に対して侮辱的だった前の国務省日本部長のメア氏のあの感覚、というより無神経そのものだ。「トモダチ」作戦も割り引いて考えなくてはならないだろう。推理小説にもありそうな、顔のない被害者は別人だった、なんてことでなければよいが。これで戦費が膨らみすぎたアメリカはアフガニスタンから足早に立ち去るだろう。その後に何が残るのだろう。そしてオサマ・ビン・ラディンは死んでも、彼の後継者は続くのだろう。