赤いピッカッピッカの赤いワンボックスは、厚ちゃんの自慢なのだろう。いつもこれでもか~というぐらい磨き上げられている。古刹の庭師といういぶし銀、渋い仕事の反動なのかもしれない。一家はいつも一緒に行動?、天骨洞へはもう何度も来ているので、車から降りた二人の子供達も、特に緊張する様子もなく、手にした虫取り網を振り回し、獲物を追い回している。ここに来る前どこかで遊ばせていたのだろう、車から降ろした虫カゴの中には、2匹の蝶が、もう一つの小さな水ソウには、タニシがいくつか入っていた。奥方はといえば、時折子供達の動きに目をやりながらも、久かたの再会なのか瑠素番虫と淡々、しゃべくりに余念がないのは女の習性なのだろう。
厚ちゃんといえば、先に先兵として送り込んだ蓮の育ちが気になる様で、3つの鉢の周りをウロウロとしている。何やら葉の2~3枚が水面に立ち上がった頃、豆炭を小さくした様な肥料を入れねば気が済まないらしい。ああやこうやと観ていたが、まだその時期には少し早いらしく、その時が来たら、豆炭2~3個やるべしと、傍で見ていた瑠素番虫に小袋を渡し、蓮鉢の傍、水車の為に作った小さな貯水槽に目を移した。ここには天骨洞傍の清流、桜川で育った岩魚が、数匹放たれており、いつも何か落ちてこないかなと、物影に隠れながらも口を大きく開けて待ち構えているのだ、海での釣りを得意とする彼ではあるが、岩魚の獰猛さを深く理解しておらず前回蓮を持って来てくれた際、彼の手入れしている古刹の池に棲んでいた2~3cmの小魚十数匹を放っていたのだ。その子たちを探している様だが、実は小魚達は、新天地で一夜を越えることなく、待ち構えていた岩魚の胃袋に納まっていたのだ。お腹を空かしていた岩魚は夜まで待ってたのだろうか、人気(ヒトケ)の映らなくなった池の中、あの夜どの様な光景が繰り広げれれたのだろう。
あくる日、今日の厚ちゃんの様に水槽の中に小魚を探した僕の目に、一匹の影も映らなかったのである。少しずつ減っていくだろうと思ってはいたのだが、改めて渓流魚の貪欲さに驚かされてしまったのだ。事の顛末を知った彼ではあるが、動じる様子は全くない。実はこれまで、子供達とそこ、ここで捕まえた獲物、川ニナ、ゴリ、ヤゴ等々小さな生き物達をこの池に放して来たのだ。当然ながら水温その他環境に適応出来なかったものは、いつの間にか姿を消してしまっているので、僕の話もさして大びっくりする程の事ではない様子、子供達と一緒に小さな小さな水槽から、いつもの儀式のように今朝獲って来たと思われるタニシを放していあたのである。
このタニシ、大きくなったらこの僕が…… 《頭目》