典虚てん手古舞

我が為の日々の記録! 74歳

橋シリーズ「もどり橋」

2009年01月25日 | 〈記録〉モノとしての本・地図・資料
 文庫本だけでも、澤田ふじ子さんの時代小説は、百冊ほど出版されて
いるが、入手出来ない本もあるので、目下、以前に読んだものを読み直
すことにしました。

 手始めとして、今日は「橋シリーズ」の『もどり橋』を選びました。

 まあ、澤田ふじ子さんの作品は、〈薀蓄〉たんまりで、鼻につくと
いう御仁も多いですよね。
 しかし、再読に入ると〈薀蓄〉部分はさらりと流せて、物語の面白さ
以上の作者が訴えたい・・・というメッセージが伝わってきて、
〈時間潰し〉の本読みを越えさせてもらえます。

 主人公は、嵯峨野の村から京都市中の料理茶屋「末広屋」に奉公する
ようになったお菊です。

 第一章「寒椿」
この章は、お菊が奉公にあがった末広のようすが、事細かに紹介され
るとともに人模様が描かれているが、いちばんの場面は彼女が晩御飯の
とき
  「お菊は、お小夜が茶碗によそってくれた白い飯をながめ、一箸、
  口に運んで、思わず涙をほろっとこぼした。
   熱いものがつぎからつぎにと、とめどもなくあふれてくる。
   こらえようとしてもこらえきれなかった。」
である。
 裏口に飛び出したお菊に対して、才次郎は「あいつ、阿呆か」と
その涙を彼女の涙を家恋しさといい、悪態をつく。
 お菊の涙は、残してきた妹や弟への想いからだと理解できる又七は
 
 「才次郎はんみたいに、大料理屋で苦労もせんと育ったお人には
わからんかもしれまへんが」と、懸命に言い返します。

「甘えの中で育ってきた生活や、そこで形づくられた驕慢がのぞいていた」
 才次郎は、料理屋の若狭屋の息子で、暖簾わけのために修業にきている
ぼんぼんである。気ままで、まわりの者をいじめていなければ、気が済まな
い。

 第二章「秋の蛍」は、薮入りで里にもどったはずのお小夜が行方不明に
なった・・・だけが事件で、物語自体はスローなテンポですすむ・・・。
 お小夜は、自堕落な父親によって妾づとめを迫られており、里には戻ら
なかったのだが、これを通して親のための身売りも「封建社会では、ごく
当たり前」だったことが読者に知らされるます。

 面白いのは第三章、「半鐘が鳴った」です。
 才次郎の実家である若狭屋が火事で燃える。しかも、火元であった。
 だが、若狭屋の火事は、この章のいちばん最後の方だ。
 才次郎が、彼の腰巾着である市松の想い人お美代を慰みものしていく
残酷なストーリーが、日常的な場面の物語と交差して続く。

「自分は末広屋で働く板場衆や他の朋輩とちがい、特別な人間だとの自
負心が」強い才次郎の顛末は、第四章「あの橋を渡って」にです。

 店が左前になり、ついには才次郎は、強盗をして人まであやめてしま
う。挙句の果て、市中引き回しの上、刑場の露と・・・。

 
 時代小説って、時間潰し、暇つぶしのレベルであり、学術書のほうが
上と考えているきらいのあるわたくしめですが、
澤田ふじ子さんの小説は、非常に中味の濃厚な、哲学書、宗教の世界に
私たちを届けてくださるような重みを持っているような気がします。

 すると、薀蓄くさいと感じられた叙述も〈教養〉を頂戴しているんだ
と素直なきもちで受け止められるというのか・・・。

 ★★
 わたし、今さっきまで、某企業の会長さんと飲んでました。
 「若い子がかわいいねん」
 千人ほどの従業をかかえている会社のおっちゃんです。
 この厳しい経済状況の中、
 「退職金だけはしっかりプールしてるねん」・・・。もちろん、
上場企業です。

 上に立つ者が、下の立場にあるある人たちを思いやり、自分の利は
後にまわす・・・。 
 この『もどり橋』でというと、板長の留五郎さんはさんなに人。

 ぜひとも、ドラマでもみたいものですね。

 


 
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2 コメント

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うまい (のり)
2009-01-26 08:19:39
歴史小説ってほとんど読んだことないんだけど、のりのりんのブログ読んでると、あっという間に不思議に引き込まれる。たくさん本を読む人は、書くのもやはりうまい。特にのりのりさんは飛び切りだ。
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藤沢周平から (典虚)
2009-01-27 22:10:17
 休職中、うつだった友人から、藤沢周平の作品に嵌まっていると聞き・・・が時代小説を読むようになりました。
 といっても、いろんな作品ありますけれど・・・。
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