山に越して

日々の生活の記録

山に越して 閉ざされた時間 23-7

2015-07-27 10:23:42 | 長編小説

  七 流露    

 

 内に籠もることは出来ても感情を吐露しなければならないときがある。会議は七時から始まっていた。雅生は黙って聞いていたが徐々に不快感を覚えてきた。

「人間の生きる環境を変える必要がある」

 と、遠藤が言った。

「環境が変われば何が変わる?」

 と、桐山が応じた。

「当然人間が変わる。生き方や考え方、目的や行動の仕方が変わってくる。今まで真理だと思っていたことが愚にも付かないことになり、見捨てられていたものが価値を見出す」

「価値など相対的でしかない。しかし人間にとって、それ程の価値の有るものは一つもない」

 と、加賀見純一が言った。

「相対的なことを超え絶対的なところに来たとき価値がある。価値が相対的などとほざいている間は何も分からない」

「価値など何処にあっても良い。何れ、このさもしい現実から逃れることは出来ない」

「具体的にどこの銀行を襲うか考えよう」

「R銀行で良い」

「投げ遣り的だな」

「金の価値は認めざるを得ないだろう」

「正しいと思えば何でも出来る」

「しかし、金がなければ必要な物は手に入らない」

「正当な理由は?」

  と、雅生は言った

「俺たちが生きる為だ。一つのことが終わることにより思惟が変遷する。勝利者になったとき価値が生まれる」

  と、遠藤淳二が応えた。

「勝手次第と言う訳だ」

「そうは言っても現況を越えることに意味がある。与えられた物以外許容されない生活を送っている俺たちは馬鹿者でしかない。しかし銀行を襲うこととは関係がない」

「そう言うことだ。現状を打破しても仕方がない」

「雅生、一緒に行動する以外道はない」

「俺は止めておくよ」

「統制が乱れるな」

 と、桐山が言った。

「必要なことではない。自身を越えることに他者は関係がない。その時、自身をどこに置くかで決まってくる」

「雅生の言う通りだ」

 と、遠藤が応じた。

「集団は個の集まりではない」

「真理だな、夫々がそれぞれの思いで遣れば良い」

「躊躇するのは教育されたことに依る」

「その後は?」

「個別的に考えれば良いことで、拘束される必要はない」

 行動を起こすことで集団の規律が生じることはなく、一人では単に行動する範囲が足りないだけである。行動は起こされるだろう、そして起こされたことで安定する。遠藤にしても桐山にしても、日々の生活から逃れる術を知らず、ともすれば情況に流されるより仕方がない。日々の生活が齎すものは何も無く、虚無感は誰もが一度や二度は感じる。感じても、其れが何であるのか突き詰めて考えない。また、虚無感は持続せず、持続すれば生きようとする志向性や方向性を失ってくる。生きている人間が依り良い生き方を目指す限り、何時までも虚無感に浸っていたのでは生きられない。虚無感は、数分、数時間、数日で消滅して本人が気付いたときには雲散霧消している。恐らく心の防御反応が働くのだろう、成る可く心の中に隙間を作らないようにしている。しかし虚無感が持続して行くとき、始めて自分の生き方や過ぎし日々が見えてくる。それは、生きてきた過程の一切の価値から解放される。価値など無いと思えばその人間にとって一切無い。宗教に帰依した奴など現実の生活を省みるとき、『目から鱗が落ちた』と感じる。最早、虚無感などとは無縁な薔薇色の人生が待っている。

 雅生は虚空を見ていた。行き場のない喪失感は時間だけを失っている。遣りきれない思いのまま溜め息を吐いた。その瞬間、雅生は蜥蜴になって地を這いずり回っていた。汗を掻くとも出来ず、暑い日差しに木陰で涼を取りながら空を見ていた。静かだと思った瞬間一羽の真っ黒な鳥が襲い掛かってきた。雅生は必死に叢に逃げ込んだ。空を見上げると真っ黒な鳥は上空高く飛んでいる。しかし、旋回しながら再び急降下してきた。雅生は、また舞い上がる鳥の影を見ていた。鳥の嘴には蜥蜴の尻尾が揺れている。雅生の近くでウロウロしていたのだろうか、雅生より機敏さに欠けていたことで、一瞬の違いで生きることを放棄してしまった。真っ黒な鳥は尻尾まで飲み込み未だ上空を旋回している。今度は雅生を目がけ急降下してきた。雅生はジーッとして待っていた。来るなら来て見ろと思った瞬間、雅生を嘴で挟み弄んでいた。しかし直ぐに飲み込みもせず都会の方に連れて行った。上空から乱立したビルの群が見え、此処で落とされるのかと思った瞬間其処には暗黒の世界が拡がっていた。時空を超えた知ることのない未来、西暦四千年の空間に雅生は居た。人間は一人も生きていない、木や雑草一本とて生えていない不毛の地で、空間を遮るものは無く、全ての生命が死滅したような世界だった。展望できる筈の、想像することの出来た科学も文化も、医学の進歩も、発達した空間も無かった。人間の歴史を、痕跡を探そうにも手掛かりになるものは一切無く、足許は砂礫がカサカサと泣いている。透明感のある匂いの無い空気、雲一つ無い空は何処までも蒼いままで、南の空に眩しいばかりの太陽が輝いていた。それは、生まれたての地球のような新鮮な感覚だった。雅生は声を出してみた。反響する建物も無いので、声は地平の彼方に消えていった。

 その後の歴史に何があったのか、人間たちは日常に埋没しながらも耐えざる目標を持って進化しようとしていた。しかし、進化のなれの果てが生命の興亡を招くことになるとは誰一人として気付くことはない。人間の欲望には切りがなく、切りが無いから依り以上のものを求める。その繰り返しの果て総てを失うことになる。人間だけではなく地球上のあらゆる生命の命を奪うことになる。在った筈の過去は既に消え、過去自体は消滅する為にのみある。

 西暦元年の地上は生きる人間の匂いがした。李(すもも)のような甘酸っぱい匂いを放ち、電信柱も、舗装された道路も私鉄も無かった。辺り一面焼け野原の土地は誰の所有物でもない。人間たちは、所々に集落を作り共同生活が始まろうとしている。足許を見ると、蟻が行列を作り西に進んでいる。雅生の住んでいる西暦二千年と何も変わりがない。しかし地面の至る所蟻だけである。そして、空間と時間を超え誰が西暦四千年の未来を想像しただろう。人々は日々の暮らしに追われ、明日のことまで考えることなど億劫で出来ない。明日のことが分からないのに未来のことなど、況して二千年先のことなど関係がない。何故生きているのかなど問う必要はなく、日々の生活に追われ、今日一日のことを考える余裕さえない。

 雅生は自分が何処に居るのか分からず脱力感に襲われ意識が薄れて行くのを感じていた。目を閉じることも腕を上げることも出来ず、自分の身体を他者の身体のように操られていた。開いた視野の先に周囲の物を捉えることも出来ず、こんな状態で生き、何故、日常を超越出来ないのか不安に駆られた。生きている果てを越えない限り新しい地平は戻って来ない。子供の頃に感じた新鮮な思いは最早何処にも有りはしない。川辺で魚取りをした。森で蝉取りをした。ギラギラ輝く太陽が肌を焼き、喉の渇きを覚え、生きることに飢えていた。毎日が活き活きとして活動的だった。怖れるものや不安など有りはしなかった。学校から帰宅すると毎日毎日フラフラと歩き回っていた。目的の無いことがせめてもの支えだった。同じところをグルグルと旋回していようと、それが生きている証だった。

 吐息を吐くと雅生は薄目を開けた。過去なのか、未来なのか、現実なのか分からなかった。

「長い間眠っていたな、雅生」

 と、桐山が言った。

「他の連中は?」

「準備の為に帰った」

「しかし、何も変わることはないだろう」

「夫々が承知している。俺もお前も進歩することも後退することもない。唯、必要なことを失うかも知れない」

「それで良い」

「センチメンタルになっているのか酒が飲みたくなった」

「それも良いだろう」

「中途半端のまま自分の行動を許容していく。情けないと思いながらそんな生き様しか見えない。しかし俺にとっても二十二歳の青春の筈である」

「仕方がない」

「何処かで逃げたいのかも知れない。しかし、残余の生でしかない事も事実である」

「俺もそう思っている」

 と、雅生は言った。

「虚無ではなく、単なる無に等しい感覚は、閉ざされた時間の中で既に行き場を失っている」

「足りないものは無い」

「満たされている訳でもない」

「しかし、失っている」

「俺たちが生きている時代が悪いのか、生まれてきたこと自体が悪いのか、一瞬を境にしても何も変わらないことを知りながら生きている。先が見えない不安ではなく、現実が不安の中で踠き苦しんでいる。雅生、明日俺は死ぬかも知れない。しかし必然も偶然も関係がない以上生も死も関係がない」

「過程は無意味でしかない。得るものが無くても?」

「分かっている。そして、最早行動を規定するものは無い。成るようにしかならない」

 生きている間人間同士は関係を持つ。無意味であると知りながら互いに理解したいと努力を重ねる。雅生や桐山たち以外に人間はいない。人間であるとき、人間が人間を証明する。類人猿の進化した姿、即ち人間、しかし単に人間が証明しているに過ぎない。人間と言う言葉は多くの学者が定義してきた。どんな定義付けを試みようと、それは対社会的な存在や、生物学上の規定をしたのに過ぎない。類的な存在としての定義である。

 雅生たちにとって、無目的であるとき、何処に紛れ込んで行こうと関係がない。其れはただ現実社会から逃避しているのに過ぎず、戻るべき場所のない悲しさか、戻る場所を失った悲しさなのか、雅生も他の連中も同じことだった。感情や感覚を吐露して、例え相手がそれを受け入れたとしても同じ事であった。唯、無意味なことでしかない。


山に越して 閉ざされた時間 23-6

2015-07-13 09:56:59 | 長編小説

  六 軽薄

  ホレホレホレ、ホレホレホレ、ホレホレホレと薄気味悪い笑い声がした。雅生はイライラしながらカーテンを開け正体を突き詰めようとしたが、しかし其処にあるのは自分自身でしかない。一睡もしないまま時が過ぎ窓辺に黎明が近付いていた。爽やかな夜明けだと言うのに笑い声は徐々に大きくなり、南風と重なり合いながら雅生の胸糞を悪くさせる。

「時間の経過と共に意識は死滅していく。それは、生きる姿を生み出すことのない時間を作り過去の残像さえ残さない。そして、無為は自身のなかで創り出され抵抗する術さえない。自責の念も無く、俺はそんな生活を続けている。これで良いのかと問うても答など有る筈がない」

 と、圭一は言った。

「求めても、求めなくても与えられないだろう」

「何もかも忘れて今の仕事に没頭できるほど単純でもない。しかし、先が見えないことには智子との生活を継続していけない」

「別れるより仕方がないのかも知れないな」

「そんな単純な話なら良いがこれまでのことを精算出来る筈もない。智子が求めている物を俺は壊してしまった」

「子供が出来た訳でもないだろう」

「子供が居るなら苦しむことはない。子供に与える人間としての根元的な情愛、知、そして時を創るヒューマニティ。しかし、それらは意識の奥底に仕舞い込まれ成長すると共に忘れ去られる。真剣な眼差しの向こう側にある物が失われて行く」

「子供を育てるときの虚しさだな、しかし求めようではないか、生きている限り自分の思うことを求め尽くしていく。誕生から死ぬ瞬間までの総ての時間は残されたものである。残された時間を求めることによって生きていくのが理想である。必要なことは、意識下した時間である。意識下した時間を持つ限り幾らでも求めることが出来る。子供にはその事が理解出来るようにしなくてはならない。しかし現状では無理なことだ」

「智子のことを理解したい。しかし一緒に暮らし始めて既に四年が過ぎようとしている。その間、何が有ったのか分からない。男と女でしかなかったのか、生活が生きる価値だったのか、頽廃だけが支配していた。そして、情念はいつの間にか消滅していた。その日、その日を耐えているのか、見過ごそうとしているのか、自分では分かっているのに身体が付いていかない。そんな生活を四年も続けていた間に智子との関係が希薄になっていた。先に、見出す物がなければ生きられないと智子が言っていた。しかし戯言に過ぎない」

「行き先の見えない情況を生き、焦慮感だけが支配していることに変わりがない」

「脱出したいと思いながら出来なかった」

「気付いたことで終わりになる」

「そう思う。しかし・・・」

「しかしは必要なことではない」

 淡々と過ぎて行く時間は許容出来るが一つのことに拘った場合は破綻する。圭一も雅生も知っていた。そして、その後のことを話す必要はなかった。

 雅生の中にホレホレホレと生臭い声が甦ってきた。

「男と女の腐った話など何方でも良い。要は、お前が楽しく生活出来れば良い」

「余計な世話を焼いてくれる訳だ」

「何が欲しい」

「お前に消えて欲しい」

「無理なことを言うな、俺に会えたことを喜ぶべきである。雅生、一人の生活に消え入るような魂が悶えている姿はみっともない」

「全く余計なことだ」

「別にお前を追い詰めている訳ではない。雅生、人間としての履歴書は自分自身で作らなくてはならない。しかし、既に個の生き方は失われている。二度と人間らしく生きることは出来ないだろう。自ら考え行動しているように思っても時間の傀儡に過ぎない」

「敷設(ふせつ)されたレールの上を走っている訳だ」

「物欲に支配され、物欲から抜け出すことは出来ないだろう。物欲こそ唯一人間を動かしている原動力である。感情は個の情愛の中に僅かに残ったが、それさえ理解出来ない人間が多い。物を求める為に働き、物を浪費する為に働き、人間としての感覚など必要が無い時代である。情愛など人間には無く自らを満足させる為に生きている。何故、愛など語る必要があるだろう。何故、恋などする必要があるだろう。利益の為にだけ働く人間にとって人間の内的なことなど必要ではない。感情は人間共にとって利益となり、利益は物質的にも精神的にも感情を支配している」

「感情を捨てた俺にとって関係がない」

「情況は生活領域を規定しても思考領域まで規定できない。雅生、生命の持続があるから生きているのであって、死んでしまえば何も残らない。金がなければ生活は成り立たない。金だけで成り立つのが生活である。その金さえも労働に依らなければ入ってこない」

 時間の切り売りは雅生の脳裡を真っ黒な闇で埋めていた。生きて行くことも、考えることも、霧の中に入り込んだようにモヤモヤしたままだった。自分の頭を叩いてもスカスカしているだけで、応答は無く脳味噌は腐っていたのだろう。

「俺の頭は・・・」

「お前の頭は空っぽで最早生きる為の神経細胞は破壊されている。中枢神経系、自律神経系、体性神経系など、総ての神経組織は元に戻ることはない。神経がなければ肉も骨も必要ない」

「俺も骸骨に成り兼ねないと言うことか・・・」

「そう言うことだ。そして、人間共は死滅してしまえば良いのだ。煌々と輝く太陽が死を迎えれば其れで終わりになる。この先、四十五億年も拡張しながら地球を射程圏に納めるような悠長なことを待っている必要はない。冷えるか爆発すれば終わりになる。そう、生かされていることを認知出来ない人間どもに鉄拳を下す時が来るのだ。不都合が生じてくると、神秘だの、神の力などと嘯き問題を摩り替える。人間は最早自分の未来を想像出来ず薄皮一枚の向こうに何も見出せない。其れなのに藁にも縋る思いで生き延びようとする。良いではないか執着したとしても後数日なり数年の命である。短い命を懸命に生き延びようとする、何と哀れなことだ」

「身体の中に熱が籠もってしまったようだ。四肢の先から熱は飛散せず脳味噌に蓄えられていく。感覚が徐々に鈍り、シナプスが砕け破壊する」

「お前は体内のあらゆる力を凝縮し呻き声を洩らすだろう。しかし誰の耳朶にも聞こえる筈はない。何れ地下牢のような暗闇に閉じ込められ其のまま朽ち果てるだろう。誰にも発見されず鼠やゴキブリに食い殺される」

「良い話だ」

「昇華するように、この地上から消滅することの心地よさを味わうことになる」

「俺の終焉はそれで良い」

「一つの歴史が終わるとき文明は何も残さない。残さないことで新しい文明が生まれる。個々人も同じように、雅生のようになって欲しいものだ。しかし、人間が感情を持ったことで色々な関係に紛れ込んでしまった」

「俺の生涯は一切の関係から払拭する。態(わざ)とがましい顔をする必要もない。語る言葉も不必要な感覚を身に付けることもない。俺の存在は何時でも無に等しい」

「シンプルで良いことだ。そうすることで、ゴキブリに食われるまでの期間精一杯生きることも可能になる。さて、俺は引き上げることにする。雅生に相応しい相手を残しておく。ホレホレホレ、ホレホレホレ・・・又な・・・」

 夜明け前、薄暗闇の中で骸骨が足の先、手の先に紐が繋がっていることも知らず踊り狂っていた。自分は踊りが上手い積もりでいるのかも知れない。そして、傀儡であることも知らずに一人前の口を利いていた。

「上手だろう」

「カタカタ踊っているだけではないか」

「俺様は骨になっても生きている」

「骨が生きていても仕方がない。大体骨が飯を食えるか」

「飯を食わなくても生きていられる。骨であることは人間の原点である」

「何が原点だ。お前は骨と骨を繋いでいる糸を知っているのか?」

「糸だと」

「そうだ。天空に延びている糸がお前の手足に繋がっている」

「否、俺は俺の力で生きている」

「誰もがそう思っている。でも実際は傀儡に過ぎない」

「又、おれ様を騙す積もりだな」

「何の為に?」

「俺様のようになりたいのだろう」

「骨が踊って何になる」

「人の為に生きていると錯覚している方が余程馬鹿じゃないか?」

「お前も偶には良いことを言うな」

「俺の脳味噌は人前以上にある」

「何を言っている。空っぽで透けている」

「よく見ろ!」

「肉もなければ皮もない」

「俺のような真面目に生きてきた人間に嘘を付くような奴は信用出来ない」

「骨が真面目に生きたなどと本当に馬鹿だな、俺より早く骨になったことを仕合わせに思え」

「お前は何が苦しいのだ。苦しいよ、苦しいよと、ほざいて遊んでいるだけではないか」

「骸骨に諭されるようでは仕方がないな」

「亀の甲より骨の甲だ」

「俺は骨も残らないことを希望するよ」

「上手くいくかな」

「骸骨め!お前などに関わっている暇などない。失せろ」

「そうは言っても、お前も遺骨のような感じがする」

「願っていることだ」

「俺はお前の死ぬのを見たい」

「何時でも見せてやる。楽しみにしているが良い」

「仲良くなれるな」

「どうかな」

 雅生が知ろうとしているのは自分の死であった。他人の死は他人の死であって関係がない。老いて行くのは誰でも同じであり、若い頃、心身共に頗る強健で生きていた奴も、持病を抱えながら生きてきた奴も、何れは老いを感じ、死の不安を覚え、寝たきりの老人を見てポックリと死にたいと思う。しかし死は死である。殺される死であっても良い。死ぬことに意味などなく価値もない。修羅場を生き長らえるより気楽である。何れにしても雅生にとって関係のないことであった。


山に越して 閉ざされた時間 23-5

2015-07-02 12:22:05 | 長編小説

  五 放逸(ほういつ)

 

 気圧が低くなっていく毎に雅生は腰や四肢に気怠さと痛みを感じていた。一ヘクトパスカルの微妙な気圧を感じるような身体構造になっていたのかも知れない。身体が敏感になるに従って、脳の構造が乱れ思考力が落ち睡魔が襲ってくる。街中を彷徨いている時も、椅子に腰掛けている時も気付くと眠っていることがあった。虚脱感と倦怠感に意識が朦朧とし、四肢の先から意識が解き放たれ、自分自身を意識出来なくなる。そう、放逸の時である。自分を見失うときこそ快楽である。しかし明日は予定が、約束があるとは何と言う苦しみだろう。明日さえなければ救われる。今日で世界が、否、自己の終焉を迎えるなら苦しみは無くなる。一日ゆっくりと休息するが良い。何も思わず考えず、時間の過ぎて行くのを眺めているが良い。

 雅生は降り出した雨に抵抗することもなく窓から眺めていた。しかし遅々として時間が進んでいなかった。一秒たりとも無駄にしない雅生にとって好都合だったが、時間に置き去りにされたような感覚になっていた。捉えることの出来ない時間があるなら、それは雅生が死してからのことである。

 淡々と過ぎる日常は、縦の移動では無く横への移動に過ぎず、何処に行こうと、日々を重ねようと、平面の上をグルグルと回っているのに過ぎない。昨日も今日も同じことで、一年前も一年後も同じことである。ピョンピョンと蛙が飛び跳ねているような、社会的な日常、政治的な日常、起こり得る事件も事故も、一年前の内容も十年前の内容もさして変わりがない。百万人の人間が行うことも、世界中の人間の行うことも変わらず、何も変わらないことを、如何にも変わっているような感覚に陥るのは、惰性から抜け出したいと言う人間の欲望、希望である。新聞記事は、住所と名前を変えることでこと足り、日常と言う歴史は既に死んでいる。同じ事を繰り返すことで、個としての進歩も人間としての進歩も有りはしない。そして、何時の日か、個として人間は滅びる。

 宇宙の歴史も縦への繋がりではなく横への拡がりでしかない。左右にずれ歪んだまま拡がって行く。星々の煌めきも、生命も、道端に転がっている石ころも価値は無く、何も変わらない同じことの繰り返しでしかない。

「俺であっても、お前であっても関係がない」

 と、雅生は言った。

「個としての現実や理想がある。日常は個の物であり他者との入れ替えは出来ない」

 と、木戸良一は応じた。

「理想と現実のことなどどちらでも良い。より高い地位や賃金を得ようとして日々努力と勤勉を重ねて人間は奔走している。何の為に?俺がお前にならない為だ。そうせざるを得ないように社会が成り立ち、上り詰めて行くことに心血を注いでいる」

「座右の銘、箴言、家訓、教訓、遺戒など、人は戒め守るべき事として幾つかの人生訓を持って暮らしている。人生の指針として、また、家や商売の守護神として大切にしている。短い言葉の中に人生の全ての価値と生活上の教えとして依拠している。そして、依拠することで安堵感を得ている。しかし、短い言葉に縛られていることに気付かないまま過ごしている」

「要するに一々考える必要はないと錯覚して邁進している」

「人生訓は凝縮した言葉であり、社会にとって、より志向的な人間を育て上げる必要なものである。その言葉を大切に守り信奉して行くことで、依り良い人生が待っていると言って良い。そして、その言葉は本来的にその人固有の物になり、個々的な差異があったとしても懸命に生きることが出来れば良い」       

「阿呆が人生訓を披露して、素晴らしい生き方であると信じ、御都合主義を持ち出す。親が子供を説得するときの条件に使い、生活上不都合を生じたときに使用する。人生訓とは随分便利な利用価値を持ち、その人間個人の言葉で語る必要もなければ考える必要もない。信念とか信条なども同じように使われ、依り良き人生を送る為の方便であり行動を規制する概念でしかない」

「無駄な日常が続いている限り生きているとは言えない訳だ」

「良一、お前など取るに足りない人間でしかない。日常を享受していることに意味などない。俺は幾つか旅に出た。何処に行っても人々の住処しかない。都会であっても温泉街であっても、人々の住処に旅しているのに過ぎない。何処に行こうと、無人島に行かない限り人間たちから逃れることは出来ない。個とか、個の存在とか嘯いても、人間たちに囲まれ、人間たちの力によって生かされている。人間たちから逃げ出すことは不可能であり、行き着く先には人間たちが細く微笑んでいる」

「単一的な情況のみが戯言(ざれごと)を言える」

「そう言うことだ。良一、お前に再会する一日前のことだった。俺は情況として閉ざされ、強烈な日差しに体内から水分が蒸発し、一滴一滴と指先から水が垂れていた。俺は干からびて烏賊(いか)の干し物のようになっていた。脱力感と意識が朦朧として行くのが分かった。水分の蒸発が進み一定限度を超せば死ぬ。干涸らびながら死ぬことに不安はあったが最早考える力さえなかった。人間であることよりも生物であることが先行している。人間などと、戯言が言えるのは衣食住が満たされ多少の金を持っているときで、食うや食わずの生活を強いられているとき、悲しみだの、愛だのと言っても無意味なことだ。その時の俺は、炎天下の中で意識さえ失われつつあり、ヒリヒリとした身体の痛みも遠退いていた。死の瞬間が近付き、生きたいと言う思いは無かった。過去は遠退き未来は無意味である」

「そして・・・、」

「激しい睡魔が襲い、前のめりになりながらも耐えていた。しかし自己を意識する感覚は途絶え考えることが出来なくなっていた。白昼夢を見ていたのだろう、親子らしい二人がキャッチボールに興じていた。何処にでもある風景で、日中の明るいときなら誰も不思議がることはない。しかし星も月も出ていない真っ暗闇の中でグローブに受けるボールの音がパシッパシッと響いていた。闇夜のキャッチボールは朝方まで続き東の空が薄明るくなる頃に止めた。不思議なことに、キャッチボールをしている間中二人は一言も喋らなかった。俺はその光景を側でジーッと見ていた。彼らは俺が居たことを知っていた筈である。確かに何度も何度も俺の方を振り向いていた。無視されたことが逆に俺を刺激したのだろう、俺は二人に向かい殴り掛かった。しかし、その瞬間二人の姿は消えていた」

「雅生、お前は夢と現実の間を彷徨っているだけで、目的も意味もない生活をしているのに過ぎない。現実は益々遠ざかり、自分自身を統制出来なくなっている。このままでは、何れ自らを失うことになるだろう。青春を徒に浪費して何になる」

「二十二歳の青春が終わったとしても一時の出来事に過ぎない。無駄な時間を過ごしている俺にとって関係ないだろう」

「自己を意識下出来るか出来ないかは個の問題である。ただ情況に左右されながらも常に一定の地平で考えなくてはならない。でなければ肉体が物体として存在しているのに過ぎない」

「下らないことだ」

「そう言うな雅生、自己の意識下を認識できる奴は少ない。俺たちは常に対象を眼前に置き問うてきた」

「それが間違いであることに気付くこともなかった。青春を謳歌している奴等とさして変わりがない」

「確かに日常生活に於いては殆ど素通りしてしまう。意識下しなくても何ら不便は無く、欲求を満たす為には代えって余計な物になりかねない」

「俺は鏡を前に自問する。悲しげに笑っているのか、辛辣な顔付きなのか、呆けているのか、何れにしても俺自身であることに変わりがない。生活することに放逸(ほういつ)であっても、構成する意識をバラバラにするほどの知恵もない。所詮、俺にとって生きることなど問題外である。生きること自体に付与させるような意味も目的もない。一つ一つの情況と、自らを対話させ切り開いて行くことなど人間の行為ではない」

「生活に放逸であっても、取り返しが付かないような情況を作ってはならない。濁流に財布を落としてしまったような場合、濁流に飛び込むことは出来ないだろう」

「そうかな・・・」

「免許証などは再申請をすれば新しい物が手に入る。しかし失った一秒は戻ることはない。確かに限界は有るのかも知れない。持続的な意識を持ち続けることの困難さ、日常を克服していく困難さ、エトスを持てないと思う」

「取り返しの付かない状態になっても仕方がない」

「たった一回きりの人生、悔いが無いことが求められる。運命と言う進化がある。そう、何もかも運命であるから仕方がない。これもあれも運命だから逃れられないと、運命に責任転換することで自己から逃れようとする。自らの責任を逃れ、諦め、運命という言葉に将来を託す。即ち運命によって自己決定が出来未来が見えてくる。運命は人の生涯を支配して生活を規定する。しかし、そのことを真っ向から否定出来ない」

「何かに依拠しなければ生きることは苦しい」

「自己から逃れる為には、他者に依存するか、麻薬に手を染めるしかない。でも、それで良い。要するに虚構の社会の中では自己の存在を確認出来ない。社会は既に消滅している。其処から這い上がるのではなく依り深く埋もれて生きるより仕方がない。そうすることが唯一人間性を取り戻せのかも知れない。雅生、お前にとって依り生き難い社会が待っている」

「時間が過ぎて行く」

「残すのではなく時間を取り込まなくてはならない。意識する意識は常に自分自身を捉えている。現在自分が行っていること、考えていること、感じていることを確実に認識している状態である。行為は無意識になされるが、意識は衣食住や、他者との関係である日常生活上必要は無く、一般的に、自分にとっての利益、不利益に関わってくる場合のみ意識することになる。その他の場合は無意識の内に行っていると思っても過言ではない。単に日常を生きているのであって、水が川を流れている状態と同じである。しかし日常生活に於いても常に意識する意識を持たなくてはならない。意識しなければ全てが眼前を通り過ぎて行く。確かに日常を意識することで色々なものが見え感覚が磨かれてくる。雅生、何れお前は自らを脱却するだろう」

「遠い存在の果てに行き着くことがあるだろう。しかし意識はその果ての地点で途絶え死滅する。堪らないと呟くのか、仕方がなかったと呟くのか、俺は、精神の上昇と下降の過程を繰り返しながら行き着くかも知れない。しかし今の俺は、泥濘に填り込んだままである」

 時間だけは過ぎていた。取り返しの付かない時間なのか、取り戻すことの出来る時間なのか、雅生には分からなかった。