退屈男の愚痴三昧

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先生との出会い(30)― 続・電流窃盗 ―(愚か者の回想四)

2021年01月17日 23時28分37秒 | 日記

 このとき裁判所は歴史に残る解釈を示した。その後、その解釈は「許されざる類推解釈」だと少なくない数の研究者から批判されました。しかし、私にはそのようには見えなかった。批判をした多くの研究者はドイツ法研究者だった。

 さて、裁判所はどんな解釈をしたのだろうか。以下その概略である。

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「電力の供給は契約に基づいているのだから、いわば財産的価値を有するものである。そしてこの財産的価値を有するものは電線を通じて供給する他、何らかの手段で管理することができるものであり、したがって、電流は財物と言える。」

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 以上の解釈を示し被告人に窃盗罪の成立を認めた。

 この解釈は後に管理可能性説と名付けられ、『物』にこだわる有体物説と対照的に位置付けられた。

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 ちなみに、法律には「モノ」と発音される概念が三つある。

 「物」、「者」、「もの」だ。法律を学び始めたばかりの人はこのあたりに苦労する。中には、「もの」と書いて説明したのに「物」と書いてレポートを作成してくる学生もいる。そのため、口頭報告では、ご存じの通り「物」は「ブツ」、「者」は「シャ」と発音せざるを得ない。なお、「もの」は英語のoneに当たる。

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 さて、上記の裁判所の判断には後日談がある。管理可能性説を採った後、刑法が改正され第245条に「この章の罪については、電気は、財物とみなす。」という一カ条が置かれた(旧規定では『本章ノ罪ニツイテハ電気ハ之ヲ財物ト見做ス』。以下現行刑法の規定を用いる。)。

 これに勢いづいたのが先の判決をした『少なくない数の研究者』であった。「『みなす』というのは、そうでないものをそうだと扱うことを意味する。刑法には『公務員』でないものを賄賂罪の規定に関し『公務員とみなす』という規定があるのがその証左だ。『電気は、財物とみなす』という規定を置いたことは、結局それ以前は電気が財物ではなかったことを認めたことになる。」という立論である。

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 しかし、これに対して裁判所実務は次のように再反論した。

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 「再び条文を途中から読む愚行だ。同条は『この章の罪については、電気は、財物とみなす』と規定している。ここで『この章』とは、第三十六章を指し、同章の罪とは窃盗及び強盗の罪である。財物に関する管理可能性説が無制限に広がることに歯止めをかけるために置かれたのが本条であり、したがって、本条の狙いは『財物とみなす』という部分ではなく『この章の罪については』という部分である。また、本条は、管理可能性説によって財物として扱われるのは電気だけであり、管理可能なその他のエネルギー、例えば人口暖気や人口冷気は財物には当たらないことを示した注意規定である。」

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 この解釈によれば、電流窃盗だけでなく電流強盗も管理可能性説で説明されることになる。他方、人口冷気や人口暖気の窃用は窃盗罪にはならないことになる。

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 さらに、準用規定である第251条が背任罪を含む第三十七章「詐欺及び恐喝の罪」に第245条を準用しているので電流詐欺、電流背任、電流恐喝までは犯罪となる。

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 なお、刑法上、財産に対する罪は、窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、背任罪、横領罪、盗品譲受他罪、毀棄罪、隠匿罪の9個ある。この内、横領、盗品、毀棄、隠匿に関する罪を定める章には第245条の準用を定める規定が無い。したがって、条文上、電流背任罪はありうるが電流横領罪は無い。

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 例示が長くなり過ぎた。また、電気に深入りし過ぎた。この種の話は他にもいくらでもある。講義や研修で出席者が話に飽きて来た頃に話すとたいそう受けた。教科書には書かれていない、そして誰も教科書には書けない実話も話した。筆記する手が止まり、出席者全員が聴き入ってくれることも何度かあった。楽しかった。

 だが、定年退職前の約10年間、大学の講義では私の受講生は徐々に減り、ついに1名とか2名、ときには0名のときもあった。誰もいない講義室で90分間、私が自習をしていることが何度もあった。寂しく、悲しかった。だが、これには理由があった。いずれ機会を見てご紹介しよう。(つづく)

※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。



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