春ひらく飯山 333 × 242 mm F4号
久々に大きな壁が目の前居座る
コロナ禍を一年半、政府のお願いと言うことで過ごしてきたが独り暮らしの老画家にとっては辛く長すぎる時間です。
三日に一度スーパーマーケットに食料生活品を買いに出かける以外は誰ともあわず勿論会話など当然無い。
かなりのストレスが蝕んでいる、声を出さないから気道筋肉が衰え誤嚥で激しく咳き込摂取した食事を吐き出すまでの辛い時間がいたずらに奪う。
本来ならば登山の計画間があったし、小旅行の計画もすべて失った。
幸いなのは、画業なのでアトリエで一人仕事は何とかこなしているがそれもここまで、ストレスはさらに身体に奥深く隅々へ侵攻していたようだ。
構図が思うように取れない、まるで初心者のような構図で自身が驚く。
混色が出来ない、絵具の混色時の指先の繊細な動きが出来ない。
素直に対象の色を作るための色が思いつかない、いゃ忘れているのかも知れない。
ストレスが、絵が描く意欲の裏で神妙な振りをして出番を伺っていたようだ。
書きかけのダラシないカンバスだけが足元に散らばる。
もう、絵が描けなくなって12日立ってしまった。
☆ ☆ ☆
学生の頃や卒業して画家の道を目指すエネルギーの燃え盛る若い心に幾度か迎えた絵を描くための最大の敵がその壁だ。
その恐ろしい壁は純粋な命をも奪うこともできる決して簡単ではない大きな障害となる壁。
絵描き仲間のAも何度かその魔物に取りつかれ長々と毛筆で手紙をしたためその夜の私を涙で曇らせた。
☆ ☆ ☆
画家にとって絵が描けないこと、つまり今までの時間を否定されたも同じです。
貧しくても画家は絵を描くことが全て、その両翼を無残にも壁はむしり取る、いとも簡単に。
画家仲間のA.B.両氏の魂が永遠であることを祈ります。
この回は暗めになってしまいました。
じゃぁ また。
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