🎨 田舎の画家の呟き 🎨

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横浜大黒埠頭の盲目の写真家

2023-10-02 12:00:00 | 日記

                             初夏の燧ケ岳  333 × 242 F4号

 

時折酒を飲み懐かしく画家を志しバイトと、絵画制作に明け暮れていた若き日の我が姿を思い出す。

勿論、自己の姿を直視することは出来ないが、誰かが撮った数枚の私を写した写真があるのでその写真に写る

自身を思い出すのである。

 

土日は必ずや横浜大黒埠頭へ出かけ制作したいた。

この埠頭には顔見知りの私のように画家を夢見る数人と日曜画家などが作業に勤しんでいる。

ある年の夏のある日見かけない美男美女のカップルの姿を認めた実にゆったりとした振舞いでお互いの腕を組みこちらへ歩み来る。

おしゃれな服装が場違いな風景には目立つが決してこの場から飛び出すようなファッションではなくシックな装いは

無味乾燥で雑多な港ではむしろハマりすぎるのだ。 

 

制作途中のカンバスを覗きながら女性が言う。

「この港には多くの画家さんがいるのですね」

「そうです。ほとんどは顔見知りですよ」私は応える。

女は「貴方素敵な絵よ。仕上がればきっと素敵な絵よ」と腕組む男に言う。

男は「君が言うんだったらその通りだと思う」と女にこたえる。

男の顔は絵とは違う方向に向いている、なので興味は別の所に有るんだなと思った。

男のサングラスに夏の太陽が反射する。

女が「どうもありがとう」と軽く会釈をしながら来た時と同じように大型貨物船が浮かぶ岸壁へと歩み行く

姿をただ何となく見送った。

 

横浜の関内駅で私は降り階段を下りて改札をくぐると親しくなったご夫婦は既に待っていた。

埠頭で何度か世間話をするうちにすっかり互いに打ち解けて合っていたのです。

ご主人はプロのカメラマン、奥さんはJALのCAをしていて今は英会話教室をしているという。

「後、数日でこの人の目は見えなくなるの」と主人のサングラスをしている顔を覗ながら妻は切なげに呟いた。

「 エ ッ!」と思わず私は声にならない声を漏らした。

「 残念だけど もう覚悟はしてるよ」主人はキッパリ言う。

「 だから私CAを辞め英会話を教えているの」妻は主人の手を握り返しながら希望の先を見つめながら言う。

そんな話のなかで港の花火大会の写真を最後に撮るので一緒にと、誘われ今ご夫婦と待ち合わせた。

 

その夜の港の花火を複雑な思いで私は鑑賞し愛用のカメラを向けた。

あの日の風景はすでに無い港独特の異世界感とノスタルジックな世界観。

貨物列車の引込線の入り組んだアブストラクトの絵画のような風景は新たな時代に置き換わった。

 

主人の花火を撮る時のアドバイス

1、カメラのシャッターは解放にする。

2、厚めのボール紙15cm四方を用意する。

3、墨又はマジックの黒で両面塗りつぶす。

4、黒紙をレンズにあてがいながら花火に向けチャンスを見つけて一瞬黒紙をレンズから離す。

  これを何度か繰り返すと同じコマに花火が多重に写る。

 

どうぞお試しください。

では、これまで失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


本業画家の話をしてみよう。

2023-08-20 22:03:27 | 日記

                  村の小川 -  333 × 242  F4号

 

たまには本業の絵を描くと言う事を、気張らず書いてみます。

子供の頃から色を使って何かを描くことが好きな少年でした。

それなりに上手に描いていたと思う。

近所でも「末は画伯だ」などと大人たちが言っていたのを聞いたことがあるような気がする。(笑)

 

私はあることによりバラの絵を描くことが出来なくなった。

今でも鮮明に思い出せるほどだ、小学4年の夏休みの宿題の為母から買ってもらった三輪の黄色いバラ、

今この目の前に有るかのように思い出させる黄色のバラの花。

とにかく一心不乱に描き仕上げた絵を母も褒めてくれた事を覚えている。

 

二学期が始まりクラスの皆が宿題のテキストや絵日記などを先生の机の上へ積み重ねて行く、私も皆に続いて

自信を込めた黄色いバラの絵を一番上にして提出して自分の席へ戻るいなや、画家君チョッと来なさいと呼ばれた。

てっきり褒めてくれるのかと少し頭の何処かで勝手に思っていたが先生の厳しい目が私を指していた。

 

「君ね。大人に描いてもらった絵はダメでしょう」と先生は乾いた声で言う。

「僕が描きました」

「嘘、おっしゃい」 「描ける訳ないでしょ。小4ですよ君は」

「ハイ、持って帰りなさい」

 二学期のスタートから私の小学生活は闇の中へと落ちて行く。

 

学校からの帰り道の何処かで先生から返されたバラの絵を細かく破いて捨てた。

覚えているのはそこまでだが以降花の絵は数多く描いてきたがバラの絵だけは一切描けなくなった。

 

これからは画家の面の私の内面や絵画教室などでのエピソードなどを記していきますのでよろしくお願いします。

ではこれで。

 

 


さらば夏の日・・・・

2022-10-06 13:21:03 | 日記

                                                                                                               「Beyond その先へ」F6号  410 × 318 cm 

 

「さらば夏の日」 何かロマンチックなタイトルを付けてしまったが後の祭りなので

何とか乗り切るしかない。

1970年に同盟のフランス映画がありましたね、主人公は青春を恋人と過ごすひと夏のほろ苦いストーリで

主人公の青年医師は浮気をしてしまう中、青年の両親は離婚をして父親は新たな女と結婚と幾重にも問題が立ち塞がる

大人に成りきれない自分と大人たちの勝手な振舞いの中で夏の日は悪戯に過ぎてゆくそんなひと夏の映画だったと

思う。

 

 

夏は思いっきり山登りを楽しむことが私の夏の過ごし方。

冬も思いっきり雪山を楽しむことが私の過ごし方。

春も秋も、もちろん・・・あっ一年中でした。

20代半ばから山が中心の青春だった。

恋など二の次だと負け惜しみで言う。

 

夏山登山で忘れることのできない山行は北八ヶ岳の蓼科山から南八ヶ岳の編笠山と縦走し、

いったん下山街で食料を調達したその足で中央アルプスの空木岳から木曽駒ケ岳の縦走下山中央線の塩尻駅で

乗り換え松本駅下車そして上高地へ入り小梨平で天幕を張り翌朝岳沢から前穂、奥穂、北穂、最後に槍ヶ岳と

縦走をした。若いとは言え身体はボロボロに疲れていた。

山仲間の互いの励ましが互いの潤滑油になり事故もなく乗り越えたあのひと夏も男臭くもほろ苦い大切な夏の日

だった。

 

後期高齢者となった今は足腰も弱くアルプスなど夢のまた夢である。

低山登山をこよなく愛する田舎の老画家でも幸せな夏は来る。

 

では、又。

 


うららかな朝

2022-08-22 19:58:55 | 日記

                                  うららかな朝  333 × 242 cm  F4号

 

 

「うららかな朝 」この絵画は令和三年 (2021)の制作です。

奥秩父の名も分からぬ集落を車を転がしていて偶然に遭遇しました。

桜が平地より半月ほど遅く今を盛りに咲きほころんでいます。

してその奥には農家の古民家が佇んでいて、雨戸はまだしまっています。

日曜の朝早くこの場所は時間がゆったりして何故か心が引き付けられました。

絵画を制作する5年も前のことです。

心内で「おじゃましまぁ~す」と声を掛け無断でよそ様の庭へ入りこみレンズを向けました。

良い子は真似をしないようにね無断で侵入は犯罪ですよ。

主役は勿論古民家ですね。

さくらには申し訳ありませんが脇役です。「すいません」

私の好きなアイテム軽トラが行儀よくしています。「かわいい~ぃ」

何故か制作に至るまでに5年も要してしまったのか自身も分かりませんがきっと心の何処かで

そっとしておきたかったんだろうと今になって思います。

 

さて、今回は日本で二番目に高い山北岳の頂上での国際的いざこざを書いてみます。

北岳は(3193.2m)、南アルプスの北部に鎮座する富士山に次ぐ標高を掲げています。

大樺沢~左股沢~八本歯のコルのは岩場の急登で北岳に続く分岐へと着く、この日は

秋の低気圧が近づき天候は今一つ冴えない状態でたっぷりと水分を含んだ黒みを帯びた雲が向かってくる。

「これは荒れるなぁ」と山の友が言う。

「早めに頂上を攻めて北岳山荘まで走ろう」ともう一人の山の友の声。

「おぉ!」と威勢のいい声で返すパーティー等の声で北岳の頂上へと登る。

 

この時の山行メンバーは少し変わっていました、なぜなら国際パーティーです。

日本隊3名ドイツ隊3名の6人です。

当時ドイツのアルパイン会員メンバーは何故か私の家がベースキャンプでした。

ドイツの長い夏休みも終盤になり心置きなく戯れるメンバーで白根山山縦走の決行となった。

 

縦走路は完全にガスって3m程の視界の中迷う事はないが稜線からの滑落には気を付けねばならない。

「おい、山頂らしき物が見えるぞ」「それに既に登山者が数人いるようだなぁ」

そんな言い合いをしている間に山頂へ辿り着いた。

風が雨を含んでいるのか雨が風を含んでいるのか一段と強く横殴りに雨具を揺らす。

 

既に頂上には大人3人子供1人の人達が寒さに震えていた。

よく見れば雨具など着けておらずジーンズやジャンパーなどの軽装でましてや男の子などは全身濡れネズミに

なり唇が何気なく青い様子なので私はおもむろにザックからチョコレートだし男の子へ食べなさいとあげた。

 

その刹那女性の怒鳴り声が強風に負けず劣らずの大声で私へ怒鳴り着ける。

女性が居たのかなどと、どうでもいい事を考えている間もその女性は私を怒鳴りつけていた。

正直なところ訳が分からないというところです。

 

そこへ我らメンバーのB氏がドイツ語で仲裁に入ると向こうの男性も参加してきたのでこちらのドイツ人R氏も参戦する。して外人3人同士でもめている。

「何でこうなるんだ」分け解らず我らJAPAN3人組はそれを観戦していた。

 

天候はますます悪くなる遭難者が出てしまうではないか。

「B嵐がひどいから小屋へ急ごう」と伝えると彼は親指を立てた。

 

嵐の中を駆け足状態で来た登山道を下り北岳山荘へと逃げ込んだ。

素泊まりなので我らで夕餉を揃えて北岳頂上での出来事を聞いた。

彼らは東ドイツの人で東京の大使館員だと言う事だった。

そして私の行いを諫めたのは勝手な振る舞いは許せないとのことで私へ注意したのだと。

時と場合には日本式マナーも受けることも必要ではないかと話している内に男たちと国の話になり

我ら日本人とのことや当たり障りのない話をしたとのことでした。

 

一方の東側はパーティーは我らパーティーから遅れること30分後に小屋へ入るのを確認した。

翌日の快晴の中縦走を続ける我らと会っても挨拶もしないし我らの西側の者とも一切の話をせず

彼らは下るルートへと消えて行った。

 

 

西ドイツと東ドイツの人達が日本の中央の山頂で嵐の中井戸端会議を行いました。

以上、現場からお伝えしました。

 

長文になってしまいました。

 

 

 


「私、尾瀬に行くの」とお嬢様は言う。

2022-08-06 18:34:57 | 日記

                                                                    上  尾瀬沼と燧ヶ岳 F6号 下尾瀬ケ原と至仏山 F6  共に 410 × 318cm

 

 

「私、尾瀬に行くの」とお嬢様は白い歯を輝かせ言う。

高校時代です。 お嬢様は二つ先の教室の生徒で私とは同級生になる。

小麦色の肌からこぼれる白い歯が眩しくて「あっ あぁぁ」と訳の分からない言葉で答えに成っていない返答を返す。

黒目がちの瞳が遠くを見がちに輝く。

何故か恥ずかしくて下を向いてしまった青春の一コマ。

 

尾瀬・尾瀬 なんて響きの良いワードなんでしょうか。

いつか尾瀬に行こうとその時に思ったのは確かです。

 

尾瀬国立公園 群馬県、福島県、新潟県の3県にまたがる高原で、

♬夏が来れば思い出す♬と誰もが知るところの水芭蕉で有名です。

 

 

「尾瀬に行こうぜェ」と山仲間に言った。

「アルプス命のお前が尾瀬?」彼は呆れたように目で笑っていた。

 

大清水から一ノ瀬そして1760mの三平峠、眼下に尾瀬沼の全容が6月の陽をなかで輝くその向こうには燧ヶ岳のが聳える。

尾瀬沼を左に見なが6月の爽やかな大気の中を馬鹿を云いながら楽しく歩む気楽な山行です。

沼尻休憩所でその名の通りに小休止をする。

下田代十字路を抜けその先の竜宮十字路を北へ今夜のねぐらの東電小屋への道へと歩む。

ヨッピ吊橋まではほんの僅かの距離二人は相変わらずの馬鹿な話で大笑いしながら歩む。

 

「すみません」後ろから声がかかる。

「うん!」といったかわからないが振り返る。

「NHKの者ですが、番組とってますので少々待っていてください」

「あっ そうですか。分かりました」と気前よく答えた。

すると夏服のハイカー仕立ての服装の女性が付き人らしき者と我らを通り越して服装点検など付き人が気遣っている。

眼鏡のNHK男子は、「あの女性の方知りませんか?」と当人へ指をさしながら聞いてくる。

「知りませんね」素直に答えると「女優さんですよ」とNHK眼鏡が催促するので我ら二人な声を揃えて[「知りません」

 

東電小屋へ宿泊手続きをして早速三条の滝へと向かう。

三条の滝は大迫力な容姿で迎えてくれた豊富な水量は見事なものです。

 

その夜は、満足な行程でビールがとても美味しかった。

彼もまんざらでもないように尾瀬を称賛してくれた。

彼のその瞳はあのお嬢様の眼のように遠くを見つめているようです。

白い歯をこぼしながら「私、尾瀬に行くの」と言ったお嬢様。

恥ずかしくてバカのようにうつむくあの頃の自分。

気持ちよい酔いに誘われ寝具に収まると夜は深く沈んゆく、朝は明ける。

 

今日は鳩待峠までの間3時間と少しの行程なので我らの歩みは弾んでいる。

彼は山の歌を謡いながら歩む私もつられ後に続き歌う。

相変わらずの音痴だよなぁー」いつものお決まりを口にする。

 

お嬢様が歩いたコースを今終わろうとしている。

 

その後尾瀬には両手に余るほど行きました。

燧ケ岳、至仏山、早春のクロスカントリーと遊んだ。

季節の花々と大きな空がいつも迎えてくれる尾瀬です。

 

じゃぁまた。