ヤンディーズ

現在闘病中で「病んでいる」ボーカル&ギタリスト、「太郎」の独り言

ゲーリームーア 「アフターザウォー」

2016年05月17日 | 音楽
先日帰京する際、新東名高速、浜松SAの中古CD、500円コーナーで購入しました。
流石、YAMAHAの本拠地の浜松。
数作品購入したのですが、この有名なゲーリームーアの
名作アルバムを持って居なかったのです。
タイトル曲の「アフターザウォー」のPVはヘビロテされていたし
知人のプロバンド達のライブ観に行ってもこの曲をカバーしているバンドも多く。

と、私、ゲーリームーア名義のアルバムを多く持っていない事に気付きます。
グレックレイク、コージーパウエル、シンリジーでの作品は持っているのですが
ホント、少ない・・・。
私のゲーリーリアルタイムは「ワイルドフロンティア」でした。
その頃「アウトインザフィールド」やインストの名曲「ローナー」が
テレビでよく流れていたし、この頃か微妙ですが
「夜のヒットスタジオ」にシャーベルのギターを持って出演し
ゲーリーファンのTUBEのメンバーが街で見かけたそうで
その事を司会の古館一郎がジョークかましたら、大スベリしましたな。
プレイは確か他の外タレ同様、口パクだったように記憶しています。

が、当時の私はよりヘビーなサウンドを欲しており
POPセンスの高いゲーリーの楽曲にあまり関心が薄かったというか。
そして、日本のラウドネスが米国のMSG?または別のフェスで
ゲーリームーアのより後に出演し、おまけにトリのモトリークルーを喰ってしまった
そんなニュースが入ったり
その名作「ワイルドフロンティア」は当時流行っていたエレキドラムを超え
打ち込みのドラムで製作されたという・・・
エレキドラムが好きでは無かった私はその理由だけで
興味を削がれたりでした。(皆やっていたのにね)

その次にリリースされたこの「アフターザウォー」も素通りし
大きな話題となりラジオでもヘビロテされたゲーリーのブルースデビュー作
「スティルガットブルース」はテープがヨレヨレになるまで聴きこみました。
その作品には3大ブルースキングのアルバートキングまで参加するという
偉業?でコチラの作品への思い入れが強かったのですな。
が、ブルース2作目頃に出したブルースライブビデオを入手しさ
友人と「ゲーリーすげぇ!!!」と聞き惚れてたものの
ブルースの世界に行ってしまったゲーリーに関心を失ってしまいました。
(コレがコロシアムⅡだったら別だったんでしょうが)
そのままハードロック作品はリリース出来ず、突然亡くなってしまい。
亡くなる前に来日した東京国際フォーラムAでのライブ行けば良かったと後悔。

で、本題のアフターザウォー。
ワイルドフロンティアのPOPなイメージが強すぎて
のめり込まなかったゲーリームーア。
私の高校時代、泣きのギターの神様はマイケルシェンカーで
物凄く影響受けたモノでしたが(特に「神話」)
社会人になった数年後に私、持病にかかってしまい会社を退職する状態になり、
CDは高級品となってしまったのですが安月給を目安に多くない傷病手当金で
生活、倹約貯金してた頃、限りなく銀座に近かった職場にコレまた近い
今は亡き中古レコードの老舗「ハンター」が西銀座デパートにありまして
100円~300円で色んなジャンルの名作LPを手にする事が出来ました。
当時、治療中の病院もあり、その帰りに近くの山野楽器やHMVを通り越し
ハンターで毎回物色する事数時間、「大いなる野望」と出会い
このハードロックゲーリーにKOされてしまいました。
後日またハンターに行くと「ダーティフィンガーズ」を始め
ゲーリー名義の作品が売られてきてたので店主に「売ってくれ!」と
頼み込むも「まだ手入れしてないから売れない」の一点張りで泣く泣く諦め
「大いなる野望」を聴きまくるのでした。
ピンクサーモンストラト+マーシャル(+DS-1?)でRECされた当作は
楽曲の素晴らしさは勿論の事、ゲーリーのギタープレイにガチで影響されました。
強面の顔に反した(笑)泣きのギターは勿論の事、あのマシンガンピッキング
チョーキングビブラート。すげー!!!と。
そして、時は20年近く経ち、ゲーリームーアとしての作品を手にしたのです。
(前置きが長すぎですね)
この「アフターザウォー」、前作「ワイルドフロンティア」の流れで
故郷、北アイルランド、そしてアイルランドの紛争の悲劇
望郷の念が込められた作品だった事を知りました。初耳でした。
実際、後半でアイルランドの音楽「ケルト」のフレーズを
導入していますし、タイトルの「アフターザウォー」は
長年続いた北アイルランドの紛争、またはアイルランドの紛争を
表現した作品だったんですね。
そんな作品に意外なゲストミュージシャンが・・・。
オジーオズボーンですな。
リリース当時レッドツェッペリンリバイバルブームで
(キングダムカムやグレイトホワイト、カトマンドゥを筆頭に)
ZEPもどきと批判されたバンド達を皮肉ったり
コーラスで参加する所か、リードボーカルまで取っているし。
コレはビックリです。
ゲーリーの歌については殆ど、書いた事が無いのですが
ギタープレイではぶっ太いマシンガンピッキング、
ハードゲージが張られたギターでの必殺チョーキングビブラート。
アルバムタイトル曲は滅茶苦茶流れていたので、曲自体はほぼ完全に覚えていますが
持病と年齢を増すにつれ、ヘビーな音楽を聴くのに疲れがちな今
ヘビロテ中です。
そしてそして!

世界最高に無名なギタリストと言われた
私もリスペクトしているブルースギタリスト、ロイブキャナンの名曲
「メシアが再び」をカバーしているではないですか!
中途半端にカバーしても恥ずかしい曲。流石、泣きのギターを
ゲーリー調にカバーしています。
泣きまくり。
[Cover] The Messiah Will Come Again / Gary Moore's version


ついでに本家、ロイブキャナンの「メシアが再び」
ROY BUCHANAN - THE MESSIAH WILL COME AGAIN(LIVE 1976)


本題からそれますが、ローリングストーンズ加入が打診されていた
ロイブキャナンがストーンズに入っていたら、どうなっていたんでしょうね。
見た目、不良ロッカーのイメージからは遠すぎるし。

と、リリースから30年近い今更になって入手したこの「アフターザウォー」
手にしたばかりなので、聞き込みたいと思います。

意外にも、若いギタリストにもゲーリーは大きく影響を与えてたのですね。
「神!」と崇める子も居たり。

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