信号は赤。ハンドルを握る手に、ふと目が落ちた。
ぐっと握れば手の甲の皺は隠される。試みに開いてみれば、
たちまち皺に覆われた手へと豹変した。
血管が浮き出、ところどころにシミ。
短い指、みっともなく不格好な手に苦笑する。
泣きながら、抱かれた母の乳房を求めた手。
息絶え床に横たわる父の、うっすら伸びたヒゲを剃ってやった手。
戻らぬ意識。病床の兄に「目を覚ませ!」と足裏をくすぐった手。
引き、引かれ長年寄り添ってくれた妻の手にもまた皺。
結婚式の日、2人の娘が「どうか幸せに」と合わせた手。
すべすべ、ふっくら……生まれきた孫に触れ、たまらない喜びを感じた手。
「よし、任せろ」リレー競争で渡されたバトンをしっかり受け止めた手。
大空に宙返り、鉄棒を握りしめた手。
2キロを完泳しようと、懸命に水を掻いた手。
60歳過ぎ、それでもグローブをはめソフトボールを投げた手。
ペンで、ワープロで、そしてパソコンで文字を書き続けた手。
すっかり後退してしまった頭を、虚しく撫でる手。
すでに、父より10年以上も長く生きている。
この手の皺の中には、僕の81年の人生が刻み込まれている。