チョコレートの歴史①-ヨーロッパ人到来以前の中南米の食(4)
皆さんには、しばらく食べないとどうしても食べたくなる食べ物は無いでしょうか?日本人は海外の生活が長くなってご飯が食べられなくなると、ご飯を食べたくて食べたくて仕方がなくなるという話はよく聞きます。
このように、特定の食品をどうしても食べたくなることを「食物渇望」と呼びます。日本ではご飯が食物渇望を生み出す食べ物の上位にきますが、世界的にはチョコレートが食物渇望を生み出す食品のNo.1の座を占めています。
チョコレートの原料はカカオ(カカオノキ)の種子です。カカオの原産地はメソアメリカで、メソアメリカ文明では紀元前2000年頃からカカオの種子は飲料の原料として利用されていました。
今回は前半部でチョコレートの作り方をお話した後に、後半部分でアメリカ大陸でのカカオの利用について見て行きます。
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カカオノキはアオギリ科カカオノキ属の高さ10mほどの常緑樹だ。カカオノキの学名は 「Theobroma cacao」だが、このTheobroma はギリシア語で「神 (theos) の食べ物 (broma) 」を意味している。この名前はカカオがメソアメリカで神々へのお供え物だったからついたと言われている。
カカオノキの花は直径3センチメートル程度で白色をしており、写真のように房状になったものが幹や太い枝に直接つく。しかし、このうち種子ができるのは1%に満たない。このためカカオの果実(カカオポッドと呼ぶ)は幹や枝に1個から数個がぶら下がった状態になる。
カカオの花(helenacoles623によるPixabayからの画像)
カカオポッド(MaliflacによるPixabayからの画像)
カカオポッドの中には白い果肉で覆われた種子が20~40粒入っている。そして、この種子には40~50%ほどの脂肪分が含まれていて、これがチョコレートになるのだ。
カカオポッド内部(David Greenwood-HaighによるPixabayからの画像)
チョコレートを作るためには、カカオポッドを収穫するとすぐに割って種子を白色の果肉ごと取り出し、バナナの皮で包んだり箱に入れたりして一週間ほど発酵させる。この時に内部温度が50℃ほどまで上昇し、いろいろな化学反応が起こって種子の色が褐色に変わるとともに独特の風味が生まれる。発酵が終了した種子は乾燥させられ、チョコレート工場に送られる。
チョコレート工場では異物を取り除いた後、熱風を当てることで焙煎が行われる。この焙煎によって香ばしい香味が生じる。そのあと機械で種子をくだき、表面のかたい皮を取り除く。残った種子の中身がカカオニブとよばれる部分だ。
次の工程ではカカオニブを温めながらなめらかな舌触りになるまですりつぶす。カカオニブにはおよそ50%の脂肪分が含まれているため、すりつぶすとドロドロのペースト状になる。このペースト状になったものをカカオマス(もしくはカカオリカー)という。なお、この工程ではカカオニブが直径100μm程度の粒子になるまですりつぶされるのだが、そのための機械は1879年になって初めて開発されたため、それまでは今のようななめらかなチョコレートは食べることはできなかった。
食べるチョコレートを作るには、カカオマスに「ココアバター(カカオバター)」と砂糖や乳製品などを加える。ココアバターはカカオマスから褐色の固形部分を取り除いた後の脂肪分のことだ。ちなみに、ホワイトチョコレートはココアバターに砂糖と脱脂粉乳などを加えて固化させたものだ。また、カカオマスの褐色の固形部分はココアケーキと呼ばれて、ココアの元となる。
市販の安価なチョコレートの多くには高価なココアバターの代わりにココナッツオイルやパームオイルが入っている。ちなみに、日本でチョコレートと呼ぶためにはカカオ由来の成分が35%以上(乳製品を含む場合は21%以上)でココアバターが18%以上含まれていなければならない。最近よく見かける70%~99%チョコレートはカカオ由来の成分が70%~99%含むものだが、カカオマスとココアバターの比率は製品ごとにかなり違う。
チョコレートの原料のココアマス、ココアバター、乳製品、砂糖を良く混合した後は冷やして固める作業を行う。チョコレートの油脂成分はかなり均質のため、液体状のチョコレートを冷やして固化すると油脂成分が規則正しく並んで結晶構造を作る。結晶構造にはI 型~ VI 型と呼ばれる6 種類があり、この中でチョコレートに最適なものはV型である。V型は他の型よりも生地がなめらかで表面につやがあり、口に入れた時に素早く融けるためだ。
このV型を作るためには「テンパリング」という操作を行う。テンパリングでは50℃以上で融かしたチョコレートを撹拌しながら27℃まで冷却し、一定時間保持した後に31℃まで温度を上げる。これを型に入れて固めるとチョコレートの出来上がりだ。
ところで、カカオの栽培種には大きく分けて「クリオロ種」「フォラステロ種」「トリニタリオ種」の3つあり、このうちクリオロ種が最初に栽培化されたものと考えられている。クリオロ種は原種に近いマイルドな風味が特徴だが、病虫害に弱いため栽培量はとても少ない。
それに対してフォラステロ種は苦みと渋みが強いが育てやすいため、世界で最も多く栽培されている。また、トリニタリオ種はクリオロ種とフォラステロ種の交配で生み出されたもので、クリオロ種の風味の良さとフォラステロ種の育てやすさをあわせ持っている。
クリオロ種は紀元前2000年頃にメソアメリカで栽培化されたと考えられており(南米のエクアドルという説もある)、フォラステロ種はそれより後に南米のアマゾン川上流地域もしくはオリノコ川流域で栽培化されたと考えられている。紀元前1900年頃のメソアメリカの遺跡からカカオを用いた最古の飲料の跡が出土しているが、これはクリオロ種だろう。メソアメリカのカカオは基本的にクリオロ種だった。
メソアメリカのメキシコ湾岸部では紀元前1200年頃からオルメカ文明が栄えたが、その遺跡から炭化したカカオの種子(カカオ豆)が見つかっている。オルメカ文明ではカカオのことを「カカウ」と呼んだと言われており、これがカカオの語源となった。
メソアメリカのユカタン半島では4世紀から9世紀にかけてマヤ文明が繁栄したが、その出土品の中にはカカウの文字が描かれ土器やカカオの痕跡が残っている土器が見つかっている。また、メキシコ中央高原で紀元前2世紀頃から7世紀頃まで栄えたテオティワカン文明の遺跡からはカカオ豆が描かれた土器が見つかっている。
15世紀前半からメキシコ中央高原で栄えたアステカ帝国では、カカオは地方からの重要な貢納品だった。このように宮殿に集められたカカオは儀式の際に神々へのお供え物となった。マヤ文明においてもアステカと同じように、カカオは神々に奉げる神聖な食べ物とみなされていたという。
また、アステカにおいてカカオは通貨の役割も果たしていた。アステカではスペイン人がやって来るまでいわゆる通貨は存在していなかったが、物々交換では不便なため、神聖で価値の高いカカオが通貨の代わりに使用されていたのだ。ちなみに、オスの七面鳥はカカオ200粒、野ウサギはカカオ100粒、トマトはカカオ1粒と交換されたらしい。
このように価値の高いカカオを口にできたのは上流階級の者だけだった。マヤでもアステカでもカカオは飲料(ショコラトル)にして飲まれていた。
ショコラトルを作るためには現代のチョコレートを作るように、カカオ豆を発酵させたのち火にあぶって焙煎し、それをすりつぶしてペースト状にした。そしてそれを水にとき、風味付けのためにトウガラシやバニラ、トウモロコシの粉などが入れられた。現代のチョコレートのように砂糖は入っていなかったので、甘くはなかった。また、脂分が多いため、攪拌棒でかき混ぜながら飲んだらしい。
カカオには脂分が多いためエネルギー価が高く、またカフェインによく似たテオブロミンを大量に含んでいるため興奮作用がある。このような理由から、メソアメリカではショコラトルが好んで飲まれたのではないかと思われる。また、現代においてチョコレートが食物渇望を生み出すのも、チョコレートに大量に含まれている脂質と砂糖、そしてテオブロミンによると考えられる。