京旬の彩り 

京都の神社、仏閣、歳時記、自然、等、目に写ったり感じたことを
写真で掲載したいと思います。

安倍晴明

2010-06-17 23:10:37 | 日記
安倍晴明(921~1005)
讃岐の人、大善大夫安倍益材の子。師匠は賀茂忠行・保憲父子。
保憲より安倍晴明は天文道が伝えられた。
晴明の教科書は吉備真備がもたらした「大唐陰陽書」。
晴明は「物吉」と通称されたハンセン氏病を病む人々の神であった。
物吉村に「北御門院 長棟堂 清圓寺」と言う寺があり、その隣に晴明社があった。
明治5年に清圓寺は廃寺となり本尊の阿弥陀三尊像と共に晴明社にあった安部晴明像は
中堂寺村の善徳寺に引き取られたが、明治10年誓願寺の塔頭 長仙院に引き取られた。

晴明神社




誓願寺塔頭 長仙院


安倍晴明像


続く

梅宮大社のサツキと花菖蒲

2010-06-10 07:59:51 | 日記
梅宮大社のサツキと花菖蒲が見頃を迎えています。

梅宮大社楼門


1822年建造の本殿、相殿に嵯峨天皇ら4神を祀る。


咲耶池


サツキの間を通り中の島へ


菖蒲の花が広がっていました。


池の東にはサツキと睡蓮が。




奥に進み勾玉池のはな菖蒲園


サツキと花菖蒲












正伝寺(正伝護国禅寺)のサツキ

2010-06-07 14:15:07 | 日記
正伝寺(正伝護国禅寺)臨済宗南禅寺派
1268年に烏丸今出川に建立、1282年に現在地へ、後醍醐天皇の勅願寺、
足利義満の祈願寺となった。
本堂は(方丈、国重文、桃山時代)は伏見城の遺構で御成殿と称せられていたと、
承応2年に移築された、襖絵は狩野山楽筆、広縁の天井は伏見桃山城の遺構で血天井です。
庭園は江戸時代初期の小堀遠州作、獅子の児渡しの庭。
竜安寺の石庭の石の変わりにサツキの刈込みを7・5.3に配し、東側の白い土塀越しに
比叡山を借景にしています。