創刊40周年記念 花冠合同句集『泉』(花冠俳句叢書第31巻)
2005年1月~2023年5月投句作品より五十句
「きれいに響く」
春
残る鴨みずから生みし輪の芯に
ものすべて光らせ来る木の芽風
親友の出産
生まれきて初めに春の陽を握る
梅ひとつ咲いて朝餉の一時間
病室の嗽のコップに梅を挿す
かららんと蛤ひびく椀の底
高窓に囀あふれ処置室へ
春時雨ときに光の休符入る
ニコライの鐘鳴りやまず花吹雪
高架まで花散りのぼる六本木
きゃべつの葉水に浸ければ飛花の浮く
海苔洗う母の手に清冽な水
音立てて甲斐全山の芽吹きけり
夏
車椅子速めに走り五月来る
新しき風鳴りはじむ樟若葉
栄光学園ミサ
風薫る丘の上なる男子校
てのひらを新樹の幹に女学生
ラムネ飲むきれいに響くところまで
プールから花のタオルの中に入る
朝蝉の空を鳴らして飛び立てり
夕焼に音大校舎鳴り渡る
夕涼や母に拭かれし背と腋と
その下の海の広さよ遠花火
星涼し父の土産の匂袋
水彩の青の刷られしサンドレス
街へ来ぬ素足にかるきハイヒール
秋
朝顔のつぼみの先に明日の色
秋水を飲めば胸元ことこと鳴る
もう風は爽やかだから出ておいで
小鳥来てわが目の高さそこに置く
白芙蓉の角を曲がるや海一面
刷かれきてここより鰯雲となる
とんぼとんぼ向う山まで透き通る
車椅子とんぼの群へ触れに入る
高架路をカーブしかなかなの森へ
吾が窓に雲一片もなき秋天
秋冷を久しく触れぬ鍵盤に
水のいろ火のいろ街に秋燈
冬
脱稿をこの日と決めし一葉忌
冬晴れて登ることなき山のぞむ
少しずつ父はカトレア咲かせおり
母編みしカーディガン着て母看とる
外套を叩き芝居の雪一枚
除夜の鐘とぎれて貨車の音の過ぐ
初写真大きな富士を真ん中に
雪礫空に返したくて放る
春に愛猫を亡くし
日向ぼこ猫がそうしていた場所で
五線紙に写譜ペン太く寒灯下
冬満月チェロの弛みし弦巻かむ
冬夕焼一直線に街を射す
川名ますみ 一九七一年生まれ。
句歴 平成十七年水煙入会。平成二十年花冠同人。平成十八年水煙新人賞、平成二十五年花冠賞。