str_takeshi雑記帳@茨城歴史ゲームの会

「しみゅれ~しょんげーむ」を中心とした
趣味の世界

残念な出来事

2024-02-12 01:42:50 | 番外編

今回の投稿は、ネガティブな話題なので、御興味ない方はスルーして下さい。

どちらかというと自戒の為の備忘録といった感じです。

 

記載内容はフィクションかもしれませんし、そうでもないかもしれません。

読者諸兄に御判断をお任せ致します。

 

先日、X(twitter)で相互フォローしていたあるアカウント(の中の人)と衝突があり、

結果として自分がブロックされる事態となりました。

 

記録を見返すと、最初は昨年の4月末でした。

御相手は当方の趣味分野の近接領域であるボドゲ界隈のアカウントでありました。

偶然TLで見かけた記載で興味深い御主張をされておりましたので、フォローさせてもらったところ、

フォローバックを戴き、DMでのやりとりが発生しました。

 

ボードウォーゲーム界の現況についてお尋ねがあり、初心者への訴求、ルールライティング、アフターサービス等の状況について

自分なりの見解をお伝えしたりしました。

 

先方は、ボドゲ全般の普及活動に力をいれてらっしゃるとのことで、

現状では特に初心者対応等について御意見をお持ちの様子でありました。

 

その後は、Xでのポストを拝見するのみで、直接のやりとりはしばらく絶えておりました。

 

さて、先方はXでの投稿で、学術的見地に基づいた普及活動を強く御主張されておりました。

自分の趣味領域のみならず、実務のほうにも関連する領域でもありましたので、ひと月前までは経たないでしょうか。

その領域の入門書などをお尋ねしたところ、幾つかの書籍をご推薦戴きました。

 

そこで、まずは1冊入手して拝読。

これまで経験的には捉えていた事柄が、学問的用語で言語化されるようになりました。

すると、少しばかり疑問が生じる事態が生じたのです。

 

先方が時折発するその学問・学術的用語の解釈は、やや拡大解釈・牽強付会な部分が無かろうかと。

改めて先方と他のアカウントのかたの応答を見る度に、その思いを強くしました。

 

そして、先方と他の方のやりとりに疑義を挟む形で、質問なり見解の御確認を求めたのが2・3回であったかと思います。

御主張の内容とご推薦戴いた書籍の見解はやや違ってみえるのですが、と。

 

まあ、自分は(その隣接応用領域には多少見識あるものの)その学問については初学者ですから、

的外れな質問であれば明確に否定して貰えればよかったのですが、戴けた御返事には若干物足りなさを感じたのでした。

 

するとその後、久しぶりにDMを頂戴しまして。

一度経緯などを説明したいので、直接会っての面談は可能か、とのお問合せでした。

(先方は関東圏内在住と、以前自己紹介がありました。)

 

そのDM受信時は、自分は丁度出先でして。

先方は明日にでも、当方近隣某所で、との御提案でしたが、さすがにそれは予定あって難しい、

Xで公開ポスト投稿が難しいものであれば、まずはDMで概要お知らせ下さい、と御返事しました。

 

すると、先方から「アポ無しで突撃するしかないですかね? 」と入電。

更に数行後「基本的にあなたが心配するような警察沙汰にはなっていません。 」とまで。

 

いやいや、「基本的に」とあれば「例外あり」と反射的にルールブックを解釈する当方です。

 

母校校歌の一節には「東国男児(あずまおのこ)の血を享けて」とありまして。

「用兵夫孰所好 」を見た鎌倉武士の気分になりました。アバターは平安武士ですが。

 

その後、自身としては努めて冷静に、字句口調だけは慎重に対応したつもりですが、

それでも振り返ってみると、やや筆が滑った点がありました。

先方が私に向けた言葉ではありませんが、以前X上で他の方に用いた語句に言及していました。

少なくとも、私は「認知が歪んでいるようです」と他人を評しては発言したことはありません。」

と記入したのは当方が不適切だったように思います。

 

さて、その後も断続的にDMでのやりとりが続きまして。

先方から幾つかのお言葉を頂戴致しました。

あなたは、きちんとした数字を言えない程度には頭が悪いようです。

はい。

まあその点は当方としても否定は致しません。

 

バカは詭弁として規模を使ってきます。

というか、 アクティブユーザー1000人いないんじゃないかってくらいに新規が来ていないジャンルで、

〇〇〇〇について語るのが恥ずかしいって感覚ないんですかね?

あれ、規模について言及されているのは其方では。

 

「そもそも、頭悪すぎて会話にならねぇ」

いや、なんとかコミュニケーションは成立していると思われます。

当方の筆力の至らなさはご勘弁下さい。

 

やりとりの結果、先方からの説明・要望書面を頂く前に、改めて当方からの疑義事項、

質問状をお渡しすることとなりました。分量としてはA4印刷5枚程度でしょうか。

書籍文献からの引用を行いましたので、やや冗長となってしまいました。

 

御返事の第一声が

「クソナゲェ。だから、〇〇〇〇ままならないし、おともだちも増えないんだよ。」

とありまして、全く持って妥当な御指摘に反論する気力も失いました。

 

その後、当方としては、

当方所属のゲーム会の運営に悪影響を及ぼす可能性があると御自覚するのであれば、

御来訪は一旦御遠慮頂きたいこと。

 

それ以外であっても、御来訪を許可するか否か、

最終判断は当方個人ではなく構成メンバーと合議して御返事したい旨お伝えしました。

 

すると先方からは、御来訪中止の条件として、

こちらに関わるポストを全削除、もしくはアカウントの削除を求めます。」との御要望がありました。

 

当方としては、一般常識内の返信リプライを送ったのみですので、

その御要望にはお応えできない旨御返事したところ、

交渉決裂、当方がブロックされる結末となりました。

 

改めて考えますと、X上の公開ポストで疑義を表明するのではなく、

折角相互フォローでDM通信可能な状態であったので、

そちらでの接触を図るべきだったのかもしれません。

先方の心象を害したのは、その部分だったのではないかと今にして思い至りました。

 

自戒と、この拙文をご覧になった方の反面教師になればと思い、記事と致しました。

 


GJ#65「幕末維新始末」にみる「歴史の再現性」とは

2023-12-21 00:02:13 | シミュレーションゲーム

まずはお詫びから。

当ブログ、昨年12月以来の更新となりますことを御容赦下さい。

 

過去の例会記録についても、停滞してしまい申しわけなく。

試験的に行ったところ比較的御好評だったので、今後は下のような形態での発信継続を考えております。

(現X、旧twiitterが存続すればになりますが。)

第151回茨城歴史ゲームの会

第151回茨城歴史ゲームの会

第151回茨城歴史ゲームの会日時:令和5年10月28日(土曜日)09:00~20:00会場:土浦市亀城プラザ第2会議室参加者9名、見学1名

Togetter

 

さて、ここから本題。

War-Gamers Advent Calendar 2023の参加記事となります。

 

War-Gamers Advent Calendar 2023 - Adventar

一部でまあまあご好評いただいております。今年もやります。7年目となりました。過去6回の様子は以下のリンクをご覧ください。[War-Gamers Advent Calendar 2022](https...

Adventar

 

特にウォーゲーム界の流行を追うわけでもなく、自分の嗜好と対戦機会に従ってのゲームプレイの結果、小生が2023年に最もエネルギーを投入したのはGJ 65号付録「幕末維新始末」になると思います。vassalモジュール(まだ未公開)を作成してくれた畏友「あざらし」(@moa5959)さんに感謝。

201712月なので、6年前に出版された作品です。ずっと本棚で眠らせていてゴメンナサイ。

GJ誌56号「江戸幕府の黄昏 」の後半以降(開国~大政奉還まで)と翔企画SSシリーズ「明治維新」(鳥羽伏見戦以降)を合わせた時期を扱います。

政権・佐幕側優位からスタートし、時間経過とともに倒幕側が優位になっていく構造です。しかしながら、筆者周辺でのプレイでは、史実では勝利した倒幕側がなかなかゲーム上での勝利を得ることができませんでした。(恐らく10戦以上は負け続けたような。)

カードの引き、支配判定ダイス等、両軍ともに運不運の振れ幅が大きく、序盤にアクシデントが重なると容易に倒幕側がサドンデス負けしてしまう。佐幕側がゲーム上の最善を尽くすと無政府状態に陥り、結果引き分け(または両者敗北)になりやすい等々。

(最近のソロプレイでは、少し経験値が上がって?、倒幕側でも勝利するようになりましたが。)

佐幕側が有利にも思えるゲームバランスですが、本誌記事(デザイナーズノート、プレイ指針等)によれば、これはデザイナーが(先行作品である翔企画SSシリーズ「明治維新」の過激な部分をオマージュされてか、少々誇張あるものの)史実をそのように解釈し、意図したデザイン結果であるようです。

「史実」の結果をゲーム上の確率の「最頻値」または「中央値」に設定せず、可能性はあったが、実は「稀な事態だった」として扱うのは、なかなか勇気ある決断だったのではないかと思います。

史実で勝利した倒幕側の勝率が悪いから「歴史の再現性」が悪いかというと、そうではない。

歴史のある時点から現在に至る過程が、必然のもの・可能性が高かったものだとは限らないということを体験させてくれる点で大変有意義なのではないかと思う次第です。

まだ一般流通在庫ありで入手可能のようですので、興味ある方にはお勧めしたいと思います。

対戦御希望あれば、「茨城歴史ゲームの会」でお待ちしております。

 

 

 


WGJ#4「討入忠臣蔵」作戦研究&選択ルール私案

2022-12-14 00:02:12 | シミュレーションゲーム

茨城会ブログ、移転後長らく休止状態で申し訳ありません。

とりあえず復活第一弾として、War-Gamers Advent Calendar 2022 参加記事となります。

以前は年末年始時代劇の定番だった「忠臣蔵」ものですが、時代劇不遇の時代に加えてコロナ禍が加わった現状では、若い世代の方々には随分と馴染みが薄くなってしまったのではないでしょうか。 本日は(新暦旧暦の違いはありますが)12月14日ということで、この元禄赤穂事件のクライマックス、吉良邸討ち入りを扱ったウォーゲーム日本史第4号「討入忠臣蔵」を取り上げたいと思います。

和モノで本作のように屋内戦闘を扱った作品は、商業ベースでは当方が知る限り古くは「伊賀対甲賀」(バンダイ)、新しくは新生タクテクス内の「本能寺の変」、合わせて3作ではないでしょうか。 (もしかしたらRPG系では何かあるかもしれませんが。)ですので本作の存在は大変貴重かと思われます。

本作は、「赤穂事件:吉良邸討入」の完全な史実というよりは、脚色された「忠臣蔵」ドラマの再現に傾いており、登場人物能力など設定がその方向で(吉良方にバランスを傾けて)調整されております。そのためか、プレイヤーの経験度に拠りますが、ゲーム上の最適解を求めて行動すると赤穂浪士側の勝利は困難になっていく傾向にあると思われました。 (この辺りはプレイ指針にも記載あり、出版時点からWGJ編集部も認識はされていたようですが。)  

そこで、このゲームを複数回対戦しても赤穂浪士が本懐が遂げられない、「忠臣蔵」が成立しない、とお嘆きの諸兄に私的ディベロップ案(選択ルール提案)を提示したいと思います。  本年度のアドベンドカレンダーのお題「第一ターン特別ルール」にも繋がっております。 原版にある選択ルールも含めて、以下の1つ、または複数を、プレイヤー両者の合意で導入してみてください。 いずれも赤穂浪士方に有利となるルールです。

10.7 清水一学の戦闘力は5剣でなく4剣に変更する。(これでも史実よりは強力かと。)

10.8 吉良方は、第一ターンはスタックで行動できない。 また、吉良方は、第二ターンはスタックでの行動は2枚までとする。(赤穂浪士から攻撃を受けた場合は通常通り、スタックで応戦可能。)

10.9 吉良上野介の脱出が成立しても、その時点で吉良左兵衛が除去されていれば 吉良方勝利でなく「引き分け」とする。

10.10 吉良方の移動力無制限を24スクエア(赤穂方の倍)までとする。

上記案に至った経緯を2つほど提示します。

その前に、戦闘解決方法から。 通常、1マスに存在できるのは3駒まで。手番側は未行動ユニットを指定して移動、敵に隣接したら戦闘を解決します。行動開始時にスタック状態にあれば、そのままグループとしても行動可能です。 戦闘時にはそれぞれ代表ユニットを選び、攻撃側は行動したグループの枚数、防御側はスタックの枚数分ダイスを振り、その中の最大値を代表駒の戦闘力に加えたものを比較して勝敗を決めます。同数ならそのまま引き分け膠着。差があればその差分駒を除去し、残存駒を退却させます(連鎖退却あり)。

この時、「剣」修正を持つユニットは特例で更にダイス一個余計に振れます。

ということで、サイコロ1個~4個振った時の出目最大値の分布確率をグラフ化しました。 4個振りだと半数以上「6」が出る計算です。

事例1:「裏門開けたら、清水一学」

かつてTVCMで「玄関開けたら2分でごはん」というのがありましたが。 当ゲームでは「裏門開けたら清水一学」「裏門通れずゲーム終了」ということが(結果としてルールミスだったのですが)起こりました。

本ゲーム、赤穂浪士方の戦力配分は史実準拠で固定されています。 そして表門側は侵入経路が門3カ所と梯子7挺利用可能ですが、裏門側は「裏門」一箇所のみです。ですので裏門組は何としてもここを突破突入せねばなりません。

添付図は、赤穂方の初手、「槌」能力あるスタックが裏門扉を破壊し、門内に前進した図です。 異変を察知した吉良方は、早速これを排除すべく、最強剣士「5剣」の清水一学を含む3枚スタック(一学に茶坊主2枚でOK)を急行させます。

ここで、赤穂方のスタック構成が要検討となります。まず、清水一学と同様に、ゲーム中最高「5剣」能力の「堀部安兵衛」が居るとして計算してみましょう。

両者(堀部vs清水)の能力は互角、補助人員2枚も互角となれば、戦闘結果で「膠着」となるのが、 4割弱、どちらかが勝利し堀部あるいは清水が後退するのがそれぞれ3割強となります。 両者譲らず、第2、第3、第4ターンと膠着が続けば(確率1.87%)、裏門組は吉良邸敷地に全く入れずに朝を迎えゲーム終了・・・・。 ええ、確率は低いんですけど、私が関わってプレイすると発生するのですよ、希少案件が、看過できない割合で・・・。

これは、ちょっとオカシイのでは、とWGJ編集部に質問したところ、以下のことが判明。

「移動後」はスタック判定対象時期ではない。

ルール原文には「行動組の移動中、及び戦闘時は一時的にこの制限をオーバーしても構いません」とあり、戦闘時の連鎖退却判定を指して「一時的」と表現したもので「移動後」はスタック制限対象なのかと解釈しておりました。しかし、この「裏門問題」から疑問を生じ、質問したところ、移動~戦闘(または射撃・照合)の一連の行動中は(移動後も含めて)スタック制限なし、が正しい解釈とのことでした。

ですので、既に制限いっぱい自軍3駒いるマスにも進入した上で行動可能。場合にては連鎖退却を利用する形で既存ユニットを1マス前進させることも可能なようですので、御留意願います。(公式Q&Aには未掲載)

さて、これならば、裏門口に清水一学スタックが居座っても、順次行動組スタックを突入させればいずれ突破できるだろうと予想されましたが。 早速検証テスト・・・あれ、清水一学スタック、やはり排除困難・・・。

すんなりと堀部で勝てればよいのですが、ダメだと次は「4剣」の不破数衛門のスタックでチャレンジです。この時の勝率は勝ち12.2%、膠着19.3%、負け68.5%。一気に勝率ダウンです。

それ以外の戦闘力3のユニットが代表者では当然もっと確率は悪くなります。下手すると、裏門突破はなんとか成功したが、負傷者続出で裏門組は半壊状態といった事態に。プレイ指針にある「2ターンまでには長屋戸口を封鎖」など到底困難です。

まあ、対策が全くないわけではなく、条件が揃えば、例えば清水一学スタックが不用意に裏門スクエア(ロ三)に戦闘後前進をした場合、(イ二)からは射線が通るので、「弓」能力駒で狙撃、(6のみ命中を最大4回)とか、

表門組の早水藤左衛門の「射」で背後から遠距離狙撃(5、6命中)などで打開できるかもしれませんが。

しかし、それぞれセットアップ時からある程度想定準備しておく必要があります。

吉良方もまたこれらへ対策する余地があったりします。

総合的に見て吉良方の裏門死守策はサイの目次第ですが非常に有効性が(ゲームバランスを崩すほど)高いと考えます。

 

事例2:「上野介全力脱出作戦」

プレイ指針には「赤穂浪士が慎重にプレイすれば、吉良方の脱出は容易ではない。」とあるが、筆者の意見は異なります。

前述のように赤穂浪士は表門側、裏門側に戦力が分散しています。そして表門側には戦闘力4は一人だけ(かつ「剣」ではない) 。ならば、裏門は必要最小限の人数で遅滞戦術で凌ぎ、残りの全戦力を表門側に集中投入する作戦です。 出口は表門、新門、厩門の三カ所。赤穂浪士方からすると、分散して守る必要があり。そして恐らく地形的に厩門が突破目標になるのではないでしょうか。 移動力無制限を活用し、吉良方が順次スタック梯団を組んで押し込んでいくイメージ。最後は清水一学に「山」「川」両方の上野介で組んだグループで盤外突破タッチダウンを図ります。

これを準備周到・計画的に行えば、「必勝」とは言えませんが、吉良方勝率は50%は下らない印象でした。

でも・・・最初から脱出前提というのは何だかな、という意見はごもっとも。 当時の人々からすれば城を捨てて逃げだした、ともとられるのではないでしょうか。この辺りは勝利条件設定をどこに置くか、判断が必要な部分でしょう。

さて2つの事例を提示しましたが、どちらも「清水一学」が強すぎるのが問題に思えました。 そこで私案1はまず「清水一学の評価を落とす」を提示しました。

一方で、印刷されたユニットの数字を変えるのは抵抗感があるのも事実です。 そこで、私案2は史実準拠の状況設定?と理由づけして、奇襲を受けて指揮系統が混乱、当初は各個に行動せざるをえなかった吉良方を表すルールとしてみました。 こうすれば序盤に「最凶スタック」が形成される事態はかなり低減されると思われます。

私案3、4は上野介計画的逃亡の成功率、勝率を落とすことを目的としています。 私案4の「24」という数字は、赤穂方の倍であることと、直線ならば屋敷の東西を移動できることから設定しました。完全無制限よりは僅かでも制限あるほうが良いと考えました。

恐らく、効果としては、私案2が一番強く、次いで1、3、4の順かと。

競争シナリオ「大石父子手柄争い」に適用させるのはどれが良いかは今後の検討課題です。

既に版元絶版品ですので、なかなか新規入手は難しいかと思いますが、押し入れ本棚に入れっぱなしはもったいなく思われる作品です。お手持ちの方は是非再注目をお願い致します。(国通さん、BOX再版お願いします。)

 

対戦御希望の方は「茨城歴史ゲームの会」でお待ちしております。

 


御連絡

2022-06-28 00:36:55 | 茨城会

当ブログ、こちらに移転となりました。

諸々の事情より、ブログ更新を現在停止しております。

本格的な始動まで、もうしばらくお待ちください。

例会予定につきましては「千葉会一門掲示板」の茨城会記事を御確認下さい。

例会の模様+αにつきましては、下記の当会主要メンバーtwitterアカウントを御参照戴ければと思います。

(str_takeshi) https://twitter.com/str_takeshi
(水戸爺)https://twitter.com/ggoma816
(こまいふ)https://twitter.com/komaifu_14


茨城歴史ゲームの会10年に際して

2020-12-24 00:00:00 | 茨城会
この記事はWar-Gamers Advent Calendar 2020に参加しております。

大変申し訳ありませんが、第111回~第120回の例会告知と報告を怠っております。

一つは、明日で良いことは今日はしない、という私本来の性格が加齢により顕著になったこと。
二つ目は本年1月より実父の入院加療、4月に他界葬儀あり、その対応があったこと。
三つ目は、今般のコロナ禍において、その性質上感染拡大リスクを伴う実地での例会開催を告知報告することに躊躇する部分があったことでした。

いずれ、簡略な形ですが、報告部分は掲載したくは思っております。


「茨城歴史ゲームの会」第一回例会を開いたのが平成22年9月4日 となります。
姉妹サークルである「千葉会」「ちはら会」や、同じ土浦市内で活動するボードゲームサークル「EGT」など各位の御協力もあり、発足後10年、例会数120回を重ねることができました。
代表・広報担当として、改めて皆様に感謝申し上げます。

第一回例会、参加者は8名でした。この「オリジナル8」のうち、群馬県在住の1名を除く茨城県内在住者または常磐線沿線者の7名中6名は現在も定期的に例会参加されております。それぞれ職住家庭環境の変化ある中で、ありがたいことです。

概ね、「ちはら会」が月上旬、「千葉会」が中旬、「茨城会」が月末の開催として、できるだけ日程重複は避けるようにしています(例外はありますが)。



各回の例会参加者数(見学含む)の推移です。
第50回、第78回などは土日2日制で行っており、どちらか1日でも参加していればカウントしておりますので、当然ですが人数が多くなっています。
第7回の4名、これは東日本大震災直後です。
第10回~第60回あたりまでが平均参加者数が多かった時期です。aoさん、喜多川さん、moritaさん達が加わり、熱心な活動で当会のプレイの幅を拡げてくれました。
その後、上記3名が転勤などで当会を離脱されたのは痛手となっております。

参加者数推移をみる限り、「ウォーゲーム感染者」の実効再生産数は1を越えてはいないようです。


こちらは、一回でも当会にいらっしゃった方の累積人数です。
当方の記録では、見学のみを含めて例会会場に来られた方が現在丁度60名になります。
時間が経して、新規来場者はもっと少なくなっていると予想したのですが、第15回以降、ペースはあまり変わっていないようですね。
地理的、時間的に定期での例会参加は困難でも、単発参加・対戦を求める方は時々おられるようです。当会会場を積極的に利用して戴けたらと思います。

ウォーゲーム継続プレイ組の新たな対戦機会確保や、復帰組の受け皿としては、一定の役割が出来ているように思います。また、当会幹事のsinyamag氏はヒストリカルウォーゲームのみならず、一般的ボードゲームも熱心にプレイされますので、「EGT」の有志の皆さんと『重い』ゲームをプレイする場としても活用して戴いております。

ただ、まっさらな『新人』が来場し、そして継続参加メンバーにという事例は、残念ながらまだありません。(ネット対戦などから交流が始まり、御来場戴いた方は多くいらっしゃいますが。)

新規参加者を積極的に求めるべきかどうか、は今後の課題と言えます。

 *    *    *     *    *    *

以下は、田村さんの記事を読んで感じたことを記しました。
推敲が足らず、下手な文章ですが、力尽きたのでそのまま・・・。


1980年代のウォーゲーム流行期、私も丁度そこでこの趣味に「感染」し、今に続いています。
何故あの時期、大流行したか。いろんな要素が組み合わさったわけですが、まあ、「免疫」が無かったのでしょうね、この種のゲームに対して。で、ブームは数年で収束しました。多くの人に「免疫」がついて(飽きた、ともいう)。または、他にもっと感染力の強いものが登場して・・・。

ちょっと話が飛びます。

当会メンバー(OB含む)には何人か喫煙者がおります。皆さん、大抵20代前半?から喫煙を始めていると想いますがどうでしょう。30代になってからタバコ始めた方はいないのでは。

タバコを吸うとニコチンが肺で吸収され、血流に乗り脳細胞に至ります。そこで「ニコチン受容体」に結合すると神経伝達物質が放出され「タバコがうまい」と感じるわけですが(概略)。
このニコチン受容体が発達するのは若年時のみなので、このニコチン依存状態が完成し喫煙習慣ができるのは20代までが多い。30代以降での喫煙者は稀。

話を戻して。

自分は、何故「ウォーゲーム」から離れなかったか。自分のほうに、それに特異的に結合する「受容体」が備わっており、更にそれがより活性化して退化せず持続したからでしょうね。で、そのような事例、今この文章を読んでいる皆さんの多く、「ウォーゲーム依存症」に至るのは、きっとレアケースなのです。

皆さんが中高大で一緒にプレイしていた御仲間、何人現役ですか?
多くの方が、別の趣味に橋を渡っていったのでは・・・。

ややこしいことに、かつては「TRPG」、今は「ボードゲーム」と、受容体の形が結構似ている趣味が近縁にあります。同時感染ならまだ良いのですが、気が付いたらそちら側に全て結合してしまい・・・という例が多いと推測。
逆に「TRPG」「ボドゲ」のほうから「ウォーゲーム」に新たに来られる方は、皆無では無いにしてもかなり珍しいのでは・・・。

若年者人口がどんどん減少していく中で、「ウォーゲーム受容体」を持っている人間を見つけることは、更に困難となるでしょう。でも、決してゼロではないはず。具体的にどうすれば・・・というのは無いのですが。

また「ニコチン受容体」と違い、中高年になってからも「ウォーゲーム受容体は発達可能」・・・と思いたいのですが、如何。