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書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

○笑い話。

2019年01月13日 13時21分30秒 | 意識論関連
「笑い」というのは「好き」なこととは関係がなくて

爬虫類学者の加藤英明が砂漠の真ん中で日がな一日穴掘りをして「楽しい」とは言っても 別にヘラヘラ笑いながら穴掘っているわけではない

葬式でお経読んでる坊主の頭にハエがとまって笑ってしまうからといって 別にそれが好きなわけではない

乃木坂46の斎藤飛鳥ちゃんが他人の不幸話で笑っちゃうのは 飛鳥ちゃんが他人の不幸を好きなわけではなくて 単に他人の不幸話がヘラに入っちゃうだけだったりする

飛鳥ちゃんだって 笑える不幸話だから笑うのであって パレスチナで赤ん坊が丸焦げにされている話で笑うわけではない

他人の不幸話で不謹慎にも笑ってしまうからといっても 別に他人の不幸が好きなわけではない

更に言うと 飛鳥ちゃんの場合 自分の不幸話でも笑ってしまうらしい



多数派で他人の事を悪く言って笑って共感したからといって それが個人的に好きなことではないんだけども

主体的に純粋に好きなことがわからない奴にとっては それくらいしか楽しみがないもんだから 必死になって仲間内で話を合わせることに執着してしまう

ヒトという種の生物には 先天的な社会形成習性があるもんだから 他人と話を丸めて共感さえしておけば気分的には安心できるように先天的に出来ている

その先天的習性が促す行動バイアスによって いわば強迫観念的に仲間と話を合わせようとするようになり

終いにゃ泥酔して渋谷で軽トラ転覆させて「笑って」「喜んで」いるわけだが

本当にそれが人生にとっての最大の楽しみだとしたら 客観的に見てそいつの人生クソだろ

小柴昌俊が言うような「これなら一生続けることが出来る」ことっていうのは 別に「笑い」が伴うようなものではなくて むしろ「真剣に熱中して時間を忘れて没頭出来る」ことであって

ヒトっていう生物は 実は何かに没頭して真剣に取り組むことが好きな生物でもあるので それが見つかれば人生は豊かになって 結果的に他人への配慮が働き 社会安全性にも関心が向くようになる

ところが ヒトという種の生物には他人からの影響を受け易い性質も兼ね備えているために 他人から「そんなことして何になる」とか「スルメ見てイカがわかるか」とか言われると「悔しい」という感情が働いて どうしても他人との比較競争にばかり意識が奪われてしまう

本当に純粋にスルメを見るのが好きだったら「別にイカをわかろうとしているわけではないんだけどな」で済む話なのである

他人と比較した業績評価を基準にするから「イカがわからない」ことが「悔しい」となるのであって 「悔しい」という感情自体が行為の不純さの証明でもある

実際養老孟司の解剖学というのは 親に医者になることを強要されたものの 臨床医になるのが怖かったもんだから死体を扱う解剖学を選ぶという 極めて消極的かつ受動的な動機に過ぎない 故に「悔しい」という感情が働くのである

ややこしいことに養老の場合 昆虫の研究に関しては極めて純粋主体的/能動的に好きなもんだから 何を言われても悔しいとは思わないのである

加藤英明の研究も 砂漠の真ん中でトカゲが冬眠しているのを探し出したからといって 「で?」っていう話ではある

研究探求というのは直接社会の役に立つかどうかが目的ではなくて とりあえず主観的に知りたいからやっていることというのは結構多い

小柴昌俊が受賞したノーベル賞も 量子力学の研究に貢献して 「で?」という話に違いはない

ノーベル賞も含めて世間的評価など 本当はアテにはならないのである

それこそ優生学の論理反証なんてのは 社会安全性にとって重大な話のはずなんだが 生物学や哲学権威がバカしかいなくて論理的理解が出来なきゃ評価にはならない

それが原因でまた障害者が殺害されても オイラにゃどうにもならん

不謹慎だろうがなんだろうが もはや呆れて「笑う」くらいしか出来ん

一応言っとくけど 別に好きで笑っている訳じゃねぇからな



Ende;

○破傷風が怖すぎる件。

2019年01月08日 20時15分37秒 | 日記
破傷風菌の毒って神経毒なんだそうな

 破傷風の初期症状

●口を開けにくくなり、歯が噛み合わされた状態になるため、食物の摂取が困難となる。
首筋が張り、寝汗、歯ぎしりなどの症状もでる。

●次第に開口障害が強くなる。さらに顔面筋の緊張、硬直によって前額に「しわ」を生じ、
口唇は横に拡がって少し開き、その間に歯牙を露出し、あたかも苦笑するような痙笑(ひ
きつり笑い)といわれる表情を呈する。このような顔貌を破傷風顔貌と称する。


出典:国立感染症研究所

口が引き攣り動かしずらくなったら破傷風を疑って速やかに救急車を呼ぶべきだそうで

「ひきつり笑い」の症状までいくとかなりヤバいそうだ

医療の進んだ現在でも発症してからの死亡率は30%と言われている

こういう症例もあるそうな

症状の進行には個人差があるようです



Ende;

○水槽の魚。【イモリ注意】

2019年01月08日 15時58分29秒 | 写真





フナはあんまり動かないので撮りやすい




アカハライモリというらしい 若干グロい


メダカは臆病でカメラ向けると水草の影にかくれてしまう



彩湖自然学習センター アクセス

一階に水槽展示があって 写真はないけど巨大な鯉が悠然と泳いでいたりする

他の階は標本とかばっかりでつまんない

あと今トイレが工事中で建物の外の仮設トイレしかないので注意

近所のコンビニとかで用を足してから行った方が良いと思う



Ende;

○野町 和嘉。

2019年01月06日 12時53分17秒 | 日記
野町 和嘉という写真家さんが撮ったアイスランドが凄い



銀座のギャラリーは展示期間が終了しているんだけど 名古屋と大阪を巡回するそうだ

品川のオープンギャラリーは2月4日まで展示しているらしい

あと カメラ屋で数量限定の17作品が掲載されている豪華無料パンフレットも配布していた

このテの写真ってあんま興味なかったんだけど これは迫力が凄いよ



 ◇追記:大きめの写真が掲載されているページもある

EOS-Rシステムスペシャルコンテンツ「地球創成」 -Canon

 ◇追記2:米美知子の無料パンフレットもあったんか





Ende;

○生物学界の腐敗。(特に京大)

2019年01月06日 00時11分41秒 | 意識論関連
人間としての社会性とは何かと言えば それは自律的な社会的責任判断を行えるかどうかである

それを抜きに人間性を論ずることは出来ない

人間としての社会性には「自律」が絶対条件であり これに対して先天的本能習性というものは環境依存性から逃れることは出来ないものであり よって「先天的本能習性から人間としての社会性を立証すること」は構造原理的に絶対に不可能なのである

人間性とは何かを理解していないバカ生物学者が人間としての社会性について論じること自体が「一桁の足し算も出来ない奴が高次の方程式を解くようなもの」であり あまりにお粗末で話にならない

もしヒトという種の生物に先天的に人間性が組み込まれているとすれば それは環境条件に左右されずに常に絶対に自律的な社会的責任判断選択を行わなければならないが それなら最初から立証するまでもなく常に自動的に人間性が発揮されるわけで いちいち論ずる必要すらないことになる

だが 現実にはヒトでありさえすれば人間性を発揮出来るわけではなく 無責任に無駄な因習を繰り返して満足しているだけの凡人が大半を占めており 到底ヒトという種の生物に普遍的に人間性が組み込まれている論証など全く成立しないのである

歴史上幾多の残虐行為を繰り返してきたヒトという種の生物に「先天的に人間性が組み込まれている可能性」を主張するのは 客観性を著しく欠いたフィクションお伽話としか言いようがない

松沢哲郎の文化功労賞の選考を一体誰が行ったのかは知らないが 現状の生物学権威達の大多数が間違った前提に基づいた論証を鵜呑みにしている以上 生物学界の多数決など「バカの民主主義」的議決にしかなっていないのである

それは ジャレド:ダイアモンドのピュリッツア賞も同様であり 到底科学的業績にもなっていないのである

ジャレド:ダイアモンドの言っている内容というのは 論理整合性がなく 論理的精密検証が全く行われておらず 単に大量の知識をひけらかして大衆人気を得ているだけの詐欺ペテンでしかない

この種の詐欺ペテンは養老孟司で大衆の多くが散々カモられているにも関わらず 大衆の多くは一向に自分達の頭の悪さの原因を自覚せず 何度も似たような詐欺ペテンを科学的業績か何かと勘違い妄想して騙され続けるのである

マイケル:サンデルがやたらと用いたがる「トロッコ問題」の中には 人間としての倫理の本質が含まれていないことに誰も気づかず ただ提示された答の出しようのない(というか答が出せないように制限された)命題で気分的に「悩んだ」ことを あたかも「深く考えた」かのように勘違い錯覚して その上その勘違い錯覚で「自分は深く考えたので頭が良くなった」と勝手に錯覚し マイケル:サンデルに「今日は有意義な議論が出来ました」などという「おだて」を鵜呑みにし 実際には何の意味もない議論には意味があったと錯覚し 更には「自分の頭が良くなるよう導いてくれたマイケル:サンデル先生」などと崇めたて 盲目的に信奉するようになるのである

気分が良くなるよう誘導されると ヒトの多くは自分が「賢くなった」と思い込み 自分を賢くしてくれた相手を好きになり 何の疑いも持たなくなるようになる これが洗脳の基本構造である

「ハーメルンの笛吹き男」というお伽話は 実際にドイツのハーメルンであった事件に基づいて書かれたものだそうで ヒトという種の生物は 簡単に洗脳される習性(欠陥)が先天的に組み込まれているのである

ヒトという種の生物は 先天的に権威を盲目的に信頼し 服従することで統率的な協調性を発揮する習性があり この習性が生存価にとって有利だったという結果 ヒトは簡単に洗脳されるという欠陥の原因にもなっているのである

洗脳状態の最大の問題点は 自律的に物事を検証しなくなることで 社会的責任判断力をも喪失することである



権威の正体とは何かと言えば 集団組織的な協調性を発揮する際の服従対象を権威と位置づけているのであり 別に権威というもの自体は科学的には証明不可能なのである

世間一般では「科学的権威」などという形容詞が出回っているが これは「科学界における多数決」などで世間的に承認されているに過ぎず 生物学界のように論理整合性や検証性が著しく欠落した組織における多数決など科学的には何の価値もないのである

科学は本来多数決ではない 論理的に正しいかどうかが重要なのである

従って単なる生物学界における多数決で承認されている権威肩書というのは 別に科学的根拠に基づいているわけではなく あくまで大衆観念的な形容詞や組織運営上の役職に過ぎないのである

ヒトという種の生物は その先天的習性として常に絶対盲目的に信頼しておける「権威」が存在していると気分的に安心満足することが出来るように出来ている

だからこそ実証不能の神という絶対的権威を信じておくことへの異常執着が生ずるのである

これは 一種の中毒である

疑う必要のない絶対的権威を盲目的に信頼することで 自律的に論理検証するという社会的責任を放棄出来るとでも思っているのであろう それはただの幼稚な無責任に過ぎない

そもそも「感じる」とは主観であり 何ら客観的論証にはならないのだが ヒトの多くは個人的主観であっても多数抽出してくれば客観的な普遍性の論証になるとでも思っているフシがあり 偏った論証の多数抽出だけで「神には進化的意味がある」などという こじつけによって あたかも宗教には絶対的存在価値があるかのように論証したがるのである



ヒトの脳の左側頭葉の一部に磁気刺激を与えると神の存在を「感じる」ようにもなるという

これは ヒトという種の生物には先天的に盲目的信頼服従対象を持つという行動バイアスが大脳の一部にコラムとして組み込まれているからであり それを「神聖」だとか「尊い」などと主観的に形容したところで客観的事実の論証には全くならない

ヒトは哺乳類であるため 産まれて来たらとりあえず親などを信頼し服従しなければならない

説明の便宜上「しなければならない」とは書いたが 別にしなくても構わない しなければ死ぬだけであり 親を信頼し服従しない性質を持った個体は自然界では淘汰の対象となり 生物種として存続しないだけのことである

生存であろうと別に生物の目的ではないからである

ヒトが生物として存続するためには 親を信頼し服従する行動バイアスが先天的に組み込まれている方が生存価にとっては有利だからこそ ヒトの子供は親に依存し 信頼し 服従するように進化(変異)したのである

そして こうした行動バイアスというのは大人になるに従い親以外の集団組織の内部に服従対象が転移することにより 集団統率的協調性の源ともなるのである

だが こうした集団統率的協調性というものは あくまで上下関係を伴う封建的なヒエラルキーによって促されるものであり そこに個人の自律的な社会的責任判断も 個人の尊厳も必要はない

だからこそ暴力団やテロリスト達は強力な統率協調性を発揮することで残虐行為に邁進することが可能となるのである

軍隊というのは その組織内部において絶対的服従を強要し それによって強力な統率協調性を発揮出来るわけだが それゆえ戦争などというバカげたことに使うには便利だが アブグレイブ捕虜収容所のような虐待も簡単に起きるのである

これは 兵隊に自律的な責任判断力がほとんどないから起きる事象であり これが東京電力社内では原発の津波に対する脆弱性放置の原因ともなったのである

企業における粉飾決算などの偽装工作が組織的に可能なのは 組織を構成する個人に自律的な社会的責任判断力が著しく欠けているからである

子供達の集団だけで放置しておくと 自動的且つ普遍的に差別やイジメの発生が見られる これは集団内部において服従する対象が幼稚な基準で選抜されることで生ずる統率協調性の暴走である

ヒトは集団になると 他者との間に上下関係を決定したがる性質がある これは服従対象を決定することで気分的に安心したいからであり 「誰が一番偉い」のかが決定していないと気分的に不安になるという先天的行動バイアスが働くからである

だが 子供の幼稚な価値観では暴力的で偉そうな相手に逆らうことを嫌い むしろ率先して暴力的な相手に迎合同調して加害者に回った方が得であるという姑息な発想によって 差別イジメは加速度的に過激化するのである

被害者にならない最も短絡的な方法は 加害者にまわることだからである

だが ヒステリックに怒鳴り散らすような面倒臭い相手に対し 理性的説得は簡単ではない だから簡単な選択に安易に流れるのであり そこに社会的責任云々といった人間性や倫理モラルが働くには強靭な自律判断力が不可欠である

環境依存性に左右されるような先天的な行動習性で人間性や倫理が立証出来るかも知れないなどという およそ科学的には立証不可能な話を鵜呑みにしているようなバカだからこそ 自律判断力が著しく欠落しているのである



先天的な習性であるならば その行動には快楽を感じることで行動を促されなければならないのだが むしろ洗脳などによって権威の言っていることを鵜呑みにし 自律的には一切論理検証をしなくなるバイアスしか現実には存在していないのである

自律的な社会的責任判断選択に快楽が伴うメカニズムはなく 東電社内で多数派が作り出す組織体質に逆らって原発の津波に対する脆弱性を主張し続けることは非常に精神的困難を極めるのである

子供のイジメにおいても 差別イジメを止めることに快楽が伴うことはなく むしろ暴力的多数派に逆らうことのリスクによる不快感の方が圧倒的に強いからこそ 放置しておくとイジメは過激化しかしないのである

それでもなを「ヒトには先天的に人間性が組み込まれているはずだ」などと言い張るのであれば それはもはや脳の論理思考能力が崩壊しているのである

ナチスやポルポトにせよ ISILにせよ 歴史上無数のヒトによる残虐行為の全てを 先天的本能習性によって反証なんぞ出来るわけがないのである

ヒトであれチンパンジーであれ 特定の実験環境下における断片的な行動結果だけを抽出してきても 既に無数に起きている非人道的行為の全てを反証し否定することなど論理的に絶対に不可能であり

むしろヒトという種の生物には先天的に盲目性や差別迫害暴力の性質が存在する客観的事実から目を背けることは 極めて無責任な人間として最低の行為であることを認識すべきである

それに対して京大学長の山極寿一は「人類の0.02%しか戦争をしていない このことを知れば戦争は無くなる」などというおおよそ論理的根拠の全くない無責任な嘘で大衆人気を得て 権威面をしているという傲慢さを発揮しているのである

これは極めて無責任な大嘘であり この大嘘に気付かない大多数の大衆やマスコミも頭が悪すぎて話にならない

京都大学からノーベル賞受賞者が出ているからといって 短絡的に「京都大学の学長が科学者として優秀である」ことの論証には全くならないし むしろ山極や松沢はノーベル賞受賞者の面汚しにしかなっていないのである



NHKの「ダーウィンがきた」では 未だに「○○のために進化を選んだ」などという形容の仕方が続いているが これはどうも小笠原とかいう古参の制作スタッフが過去の業績を根拠に番組制作を主導しているのが原因らしい

ヒトは過去に業績がある人物に対して忖度(そんたく)する習性があり 組織内部で権威と見なされている相手には逆らわずに「話を丸める」ことで仲良く気分的に円満に仕事業務を進めようとする傾向があるが 科学的真理を目先の気分的安心満足で捩曲げるというのは 社会安全性の観点からは無責任極まりない手抜きとしか言いようがない

忖度などという気分が促すバイアスに流されているのであれば 東京電力福島第一原発事故における最も根源的原因である「個人による自律的な社会的責任」について語る資格もないのである



大衆の多くは犯罪者に対し「死刑にしちまえ」とでも怒鳴り散らしておけば その場限りに気分的安心を得て満足し それ以上の原因究明や再発防止について深く考えることはしないが

それによって似たような犯罪が繰り返している事実から目を背けているという短絡幼稚で無責任だという自覚は一切ないだろう

自律的な社会的責任判断力が どのように喪失され また どのように形成されるのかを具体的に検証するためにはそれなりに長い時間が必要であり 始めるのに「手遅れ」はあっても「時期尚早」などあり得ないのである

理論的な構造原理自体は既に明らかではあるが 具体的な成育過程や教育過程の関与は非常に複雑で簡単ではない

ましてや温室効果ガス削減などというのは個人の自律的な取り組みがなければどうにもならないものであり これに関しては一秒足りとも無駄にする時間的猶予などないのである

生物学界の腐敗体質を放置し 体制維持に荷担している暇など人類には残されていないのである

それとも本庶佑や山中伸弥までもが理解していないというのであれば もはや救いようはない

それが原因で回避可能性のあった危険まで回避出来なくなっても

それは私の知ったことではない

それは私の責任の範疇ではないからである



Ende;

○優生学の論理反証。

2019年01月05日 15時44分24秒 | 意識論関連
これまで何度も優生学の論理反証は論じてきたのだが 記事を探すのが自分でも困難なくらいなので 読者には探しようがないと思い 再度論じておこうと思う

まず 生物学における決定的間違いとして 「生物の目的は生存や種の保存である」という前提である

生物というのは生存や種の保存などの目的に基づいて合理的選択を能動的に遺伝的進化をすることは構造原理的に不可能なのであり

生物に目的などなく 論理的には「結果的に死ななかったものを生物と分類している」に過ぎないのである

生物の存在というものには 能動的な合理的目的行動選択が介在する余地は構造原理的に存在しておらず 生物というものは自然環境下において偶発的結果として「死ななかった」ものを生物と分類しているに過ぎないのである

生物は 自己の遺伝的性質を能動的に変えたり選択したりすることは原理的に不可能であり ましてや合理的に選択することなど非科学的なフィクションお伽話でしかない

遺伝的進化というものは 目的意図に基づいて能動的に「選択した」ものではなく あくまで突然変異と淘汰圧力による偶発的結果であり 受動的に「選択された」ものでしかないのである

そこに「目的」をこじつけるから科学を逸脱してしまうのである

偶発的に突然変異によって死なずに済んだ個体が生き残ったからといって 生き残った生物の遺伝的性質が「賢い」などというのは 論理的に無茶苦茶なこじつけであり 到底科学的論証には価しない

例えば 草食動物の逃げ足が速くなる進化が促される過程では 天敵に襲われた際に逃げ足の遅い個体から淘汰されてゆくことにより 結果的に先天的に逃げ足の速い個体へと進化が促されることで その結果を進化と呼んでいるのであり 別に「逃げ足を速くするために合理選択によって遺伝子を能動的に改変した」わけではない

むしろ 天敵に襲われた際に逃げ足の遅い個体が喰われてゆくことに何の対策も予防もしないバカな脳でなければ遺伝的進化が促されることはないのである

たとえ先天的に逃げ足の速い遺伝子を持って産まれてきたとしても 産まれたばかりの未成熟な期間には天敵から逃れることが出来ずに喰われてしまうのだが 自分達の子供を天敵から守る工夫をするだけの知能はない証拠である

結果に過ぎない遺伝的性質に「賢い」もスッタクレもないのである

トンボの羽が微弱な空気も捕らえる複雑な構造をしていることも 別にトンボ自身が自己の遺伝的性質を能動的且つ意識的に合理性に基づいて選択したわけではなく あくまで「より生存にとって有利な先天的性質を持った個体だけが生き残った」という結果でしかなく トンボ自身にも 誰にも合理的目的選択が介在する余地はない

進化というものが常に生存にとって必ず正しい変異をもたらす保証もなく 長い生物史の中では幾度もの大絶滅が起きており 遺伝的進化には目的はおろか生存や種の保存に必ず価する保証も全くないのである

ヒトは膨大な生物進化の中の ほんの数千年という僅かな結果だけを見ているために あたかも遺伝的進化というものが常に生存や種の保存などといった目的に基づいて合理的に自動的に選択される万能の願望器か何かと錯覚妄想しているために 現在の生物学における遺伝的進化が常に正しい結果しかもたらさない完璧なものであるかのように勘違いしており 故に「生物の目的は生存や種の保存である」などという非科学的前提を鵜呑みにしているのである

もし 遺伝的進化というものが頭の良さ「賢さ」によるものであると言い張るのであれば 先天性の遺伝的疾患によって生存にも種の保存にも適さない人は「愚か」だという話になってしまうのである

そ ん な バ カ な 話 が あ る か !

自己の遺伝子は選択不可能なものであり たとえ生存や種の保存にとって先天性に有利な性質を持っていたとしても それは別に「賢い」わけでも「人間として優秀」なわけでも何でもない

むしろ 大半の健康な(先天的に生存や種の保存にとって不都合のない)ヒトの多くは こうした生物学上のトンデモない大間違いすら認識出来ない程のバカであり 故に優生学などというオカルト観念すら誰も論理反証しないというしょうもない事態が漫然と続いているのである



Ende;

○無断侵入者対策。

2019年01月04日 13時23分50秒 | 日記
農作物の盗難対策として「警告:菌の培養実験中ですので 絶対に触れたり食べたりしないで下さい」と書かれた立て札を掲げたら盗まれなくなった事例があるそうな

盗む側からしたら 嘘か本当かがわからないので盗みづらくなりそうではある

畜産でもバイオハザードマークとか「防疫のため 危険ですので敷地内には絶対に立ち入らないで下さい」的な文章を掲示しておいたら無断侵入を減らせるんじゃなかろうか

-Wikipediaより

と 思ったんだけど バイオハザードでないのにこのマーク使用したら法的に問題はないのかな

厚生労働省に聞いてからの方が良いかも



防犯カメラを設置するとカメラごと盗まれそうだけど

無線送信式の盗撮カメラだったら泥棒は近付くのも嫌がるんじゃなかろうか

センサーライトも効果ありそうだな



Ende;

○鳥凡人コンテスト。

2019年01月03日 23時57分19秒 | 意識論関連
鳥人間コンテストの人力飛行機部門で 操縦者が着水直前にやたらと怒鳴り散らすシーンが

ほとんど名物みたいになっているのだが

興奮して喚き散らせば実力以上の謎のパワーが発揮されるとでも勘違いしているんじゃなかろうか

よく漫画とかでも見るんだけど ドラゴンボールで「か め は め 波」とか喚き散らせば謎のエネルギー光線が出るとか

ワンピースで主人公が喚き散らしさえすれば喧嘩に勝つとか

漫画読者の大多数はやたらと喚き散らしているシーンで興奮したり共感したり出来るらしく 人気漫画の多くは必ずと言って良い程喚き散らすシーンがある

弱虫ペダルでも主人公が喚き散らしているシーンがあるけど ツールドフランスでそんな選手見たことないんだが

鳥人間コンテストの出場者は何か勘違いしてないか?

人力飛行機が着水しそうだからと言って 喚き散らしたらどうにかなるようなものではなくて

最善策としては血中酸素濃度を上げるためには喚かずに冷静に高速深呼吸をした方が良いのではないか

喚き散らしている状態というのは 息を吐いているわけだが 血中酸素濃度を上げるためには逆効果であろう

また フリーダイビングでは興奮すると無駄に脳の酸素消費量が増えるので 冷静でいることの方が極限状態では重要だという話も聞いたことがある

文科系大衆観念的には興奮して喚き散らすことが気分的共感によって多数人気にはなるらしいが

それはフィクション妄想の類であって 鵜呑みにし過ぎなんじゃなかろうか

大衆の多くは気分的満足感に合理性があるとでも思ってるんじゃかなろうか



Ende;

○素。

2019年01月01日 23時38分01秒 | 意識論関連
元日の未明に原宿で竹下通りで軽自動車の暴走があり

日下部和博容疑者は「死刑に対する報復であり、弁解することはありません」と述べているそうな



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意 味 が わ か ら ん

死刑制度が気に入らないから竹下通りを歩いてた人を自動車で轢くの?

あのね

論理思考が崩壊している奴っていうのが時折いてね

まあ スペクトラム(程度問題)なんじゃなかろうかとも思うんだけど

だとしても社会全体における自律的論理検証能力の底上げをしないと 極度に論理思考の崩壊している奴って減らないと思うのね

テロや通り魔ってのは どこで何やらかすかが全く予測がつかない 渋谷で軽トラ転覆事件があったからと渋谷の警備に人的資源を集中させてた裏をかかれた形になる

人が多そうな場所の全てを警備してたら 人的資源が全く足らないし

そもそも自動車の暴走なんて警官が人力でどうにかなるものでもない

以前 秋葉原で通り魔があったけど 歩行者天国をやめたからって合理的対策にもならない

素から絶たないと 本当の合理的テロ対策にはならんよ



Ende;