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尖閣問題で「都知事が悪い、賠償しろ。」とかって意見があるけど、これはちょっと合理性がない。
反日暴動で日本企業が破壊略奪されたのは都知事が悪いんじゃなくて、暴動を起こした理性の欠落した一部の中国人が悪いんであって。相手が暴力的だからって国際法上認められた主張をしたことが悪いというのは、理論的におかしな話です。
暴力団排除のステッカーを貼っていたから拳銃弾を打ち込まれたからといって、暴力団排除を主張した個人を悪者扱いするのはおかしいでしょ。それと同じですよ。
いかなる理由であれ、暴力で解決しようとすることは許されることではありません。もし力の大きさだけで物事が決定することが許されるのであれば、南京大虐殺だって重慶無差別爆撃だって正しいってことになっちゃうんですから、そんなバカな話が許されるわけないんですよ。どんな結果になったとしても暴力に屈して道理を曲げるべきではありません。
石原都知事は高速増殖炉を賛美したり、やたらとオリンピックに執着したり、日の丸君が代を強要したりとおかしなところは少なからずありますけど、尖閣買い取りにおいては責任はないと思います。若干、答を急ぎ過ぎた感じはありますが、むしろ、都知事や国民の顔色に流され中国政府からの要望を無視する、政策に一貫性のない「どぜう」内閣の方が軽率。
ヒステリックに暴力的最終解決で気分的に満足しようとする理性の欠落した一部のヒトの暴力性が問題なのであって、自律的に社会的責任判断をしなくなるような教育に原因があるのです。そしてそれは中国に限ったことではなくて、どこの国であろうと見られるものなのです。中華系の学校に放火したバカで軽率な日本人だっているんですから。
ナチスもポルポトもソマリアもシエラレオネも、挙げたらキリがありませんけど民族国籍といった分子生物学的には意味のない分類で物事を判断すべきではないのです。
優生学みたいに「どこの国の民族が劣っているのか。」という問題ではなくて、国籍民族に関わらずバカというのは少なからずいて、その原因と対策を立てることこそが重要なのです。
何かトラブルが発生すると、特定個人を非難して気分的に満足しようとするヒトが多いですけど、それこそがバカなんだってことを認識してもらわないと困ります。それこそが危機管理能力を阻害する最大の原因だからです。
中国内部でも反日暴動自体を非難している人はいて、決して中国人の全てがヒステリックで暴力的キチガイなわけではありません。南京大虐殺や重慶無差別爆撃をやらかした民族だからといって日本人の全てが暴力的なキチガイではないことや、広島長崎に大量破壊兵器を投下したアメリカ人の全てが無差別殺人者ではないことや、600万人のユダヤ人を死体に変換したドイツ人の全てが精神異常者ではないのと同じです。
時代とか空気に流されることなく、個人が自律的に社会的責任判断を下すという、本質的な人間性を持つことこそが最も重要なことであって。目先の多数に迎合する形で時代や空気に流されてしまう自律のなさこそが「ヒト」という種の生物が持つ危険性であることを認識すべきです。
イジメだの暴動といった集団暴力が止められないのは、自律的に理性的判断をする人が集団内部に少ないからに他なりません。
とは言っても、一部のイスラム教徒のように暴動のさなかに一人で暴徒を説得するような危険な行為もやめて欲しいんですけどね。それは確かに人間として正しい行動ではありますが、理性的に暴力を抑制しようというのであれば、もっと合理的で安全な持続可能性のある方法論を選択するべきです。
それがたとえ「微力」であるとしても、「無力」ではないのですから、諦めて自分の「微力」を放棄するという気分的満足に溺れず、地味で地道な積み重ねを忘れるべきではありません。
「力の大きさ=正しい」という短絡的な観念を放棄することが、先ずは大切なんだと思います。「勝てそうな戦争なら、やった方が得。」なんていうヤクザみたいな価値観で物事を判断すべきではないのです。
Ende;