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書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

ドラッカー。

2011年06月01日 22時01分57秒 | 意識論関連
 社会の在り方として、個人の自己実現と公益性との両立が理想であることに。異論はなかろう。

 ところが自己実現を諦めた者というのは、現状に迎合する以外の選択肢が頭に存在しないため。当然公益性にも意識は働かない。

 ドラッカーは個人の主体的な行動を重要視する。ところが自己実現を諦めた者にとって、現状に迎合して全体主義的、或は年功序列主義に無意識的に「陥って。」いるため。主体かつ自律的に行動選択することを異常に忌避する。

 服従していた方が無責任でいられるからである。

 それこそ600万人のユダヤ人を死体に変換する仕事であっても、安心して、むしろ「前向き。」に邁進することができるようになる。

 ドラッカーの指針は理想であるが、何故多くの人は理想を忘れてしまって、目先の現状に迎合することしかしないのかに言及しないと役には立たない。

 現在の教育システムでは平均的に無能な人間を生産しているだけである。それを「そういう育て方しかされていない。」などと言っていたら、これは永遠に社会は変わらない。

 「育て方。」というのは、環境である。

 環境依存であれば、新しいことは全く開拓され得ない。

 それこそが「お役所仕事。」とか「年功序列体制。」の元凶である。

 自浄効果の働かないあらゆる組織というのは、全て無意識的な条件反射的な行動に洗脳されていることが元凶なのである。

 「人の意識の9割は無意識である。」という。それに基づいて「人は見た目が9割。」とか言っているからバカなのである。

 割合として大きいからといって、無意識こそが重要というのはバカの論理である。重要なのはむしろ1割の「意識。」なのである。

 意識のない状態で新しい発見も、革新も生ずることもない。それは間違いとか危険性も放置されるということである。

 つまり、無意識でいるということは社会の破滅を促すだけなのである。






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