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書き逃げアンドロイド。

副交感神経が優位になるような写真が好き。

○オーガニック超人。

2017年01月18日 00時01分16秒 | 意識論関連
地球のヒトより高度な知能を持った太陽系外生物がいた場合

文科系大衆の多くは「侵略される」だとか「絶滅させられる」なんて言い出すんだが、こうした野蛮な発想自体が地球のヒトの発想であって、地球のヒトより高度な知能を持った生物が侵略だの略奪だのといった欲望のままの行動をするとは限らない

地球のヒトが脅えているのは、ヒト自身の野蛮性ゆえの勝手な妄想であって。地球のヒトのように暴力威圧で物事を解決しようとしたり、自分の惑星の環境維持すら出来ない頭の悪さ故に、太陽系外知的生命体の方が接触を控えていると考えるべきであろう



ヒトは、ヒトという種の生物種というものが生物進化によって自動的に人間性や倫理的行動バイアスが組み込まれた優秀な生物に進化するなどという、論理的根拠のない妄想錯覚を抱いており

フランシス:ゴルトンが提唱した優生学に基づき、生存に適した個体種への淘汰圧力によって、あたかも自動的に優秀な生物へと自動的勝手に進化が起きると妄想して安心したがる

ゾロアスター教が提唱する「超人」妄想などというのも、その場限りに安心満足して、自ら論理検証することを放棄させる危険性を持っているのである

生物進化というものは、淘汰圧力の結果的に生存に適した個体種への進化の結果であり。生存さえしていれば嘘つきだろうが暴力的だろうが死にさえしなければ淘汰を免れることができるのである

チンパンジーの眼球に白目がないのは、視線を他の個体に読まれず、隠しごとに適した個体種への淘汰圧力の結果である

生物習性的な社会形成性というものは、特に個体が他の個体や集団全体にとって利益になるような行動習性だけに淘汰が働くメカニズムがあるわけではなく。あくまで結果的に死にさえしなければ、適度に暴力的で嘘つきな個体種への淘汰が働いても構わないのである

ニーチェの言うような「超ヒト」とは、どのようなものであろうか

ヒトという種の生物には先天的にイジメや差別をする傾向が存在するが、こうした淘汰圧力の結果によって「進化」したヒトというのは、イジメや差別をしなくなるようなメカニズムは存在せず、むしろ積極的に加害者になるか、被害者にならないよう狡猾に傍観できるような性質を持った個体種への淘汰進化へと働くだけである

そんな「超ヒト」が、自律的な社会的責任判断選択を行うような倫理や人間性を先天的に備えていると言えるであろうか?

生物進化というものは、常に都合の良い方向性だけを持っているわけではなく。自らの性質ゆえに絶滅破綻への方向性へと淘汰圧力が働き絶滅に至ったとしても、何らおかしくはないし、問題にもならない。

個体種の一つや二つ、一億や100億くらい絶滅しても、進化生物学の神にとっては何の問題でもないからだ

特定の個体種の進化の果てが絶滅であっても、進化生物学上誰も困らないのである

それが進化生物学上の進化というものの正体である

しかし、文科系大衆の大多数は、進化というものが常に絶対に正しく生存に適した性質が自動的に組み込まれるような万能なものであるかのように妄想錯覚しているのである

天然由来の成分や素材でありさえすれば、常に絶対的に無害で健康にとって有益だというオーガニック幻想というものがあるが、こうした自然の結果に任せておけば、何でも自動的に安全で正しい結果へと自動的に導かれるかのような「神話」を鵜呑みにする性質があり。生物進化というものに対しても同様に論理的根拠のない盲目的信頼を抱いているのである

人間性というものの本質とは、自律的な社会的責任選択判断であり。他人の顔色をうかがうだけで自律のない他律的な行動習性とは全く別のものであり。これは先天的な遺伝的行動習性という「結果」によって発揮されるものではなく、あくまで自律的な論理検証性によって選択される「目的」意識によってのみ発揮されるものなのである

本質的な人間性であるところの自律的な社会的責任判断選択行動というものは、ヒトの先天的な社会形成習性の中においては、必ずしも生存に有利に働くわけではなく、むしろ不利に働く場合の方が圧倒的に多い

内部告発者の末路というのは、大抵の場合損をするものである

カルト宗教集団やブラック企業内部において、社会的(人間性における社会性)に正しい選択を行おうとすれば、そんな奴は淘汰か排除の対象でしかない

学級内でイジメを止めるよう意見すれば、むしろイジメの対象にされるのがオチである

だからこそ東芝やオリンパス、三菱自動車などの学力偏差値が高いだけのエリート社員達には、組織腐敗を抑止することが全く出来ないのである

東電福島第一原発の危険性が放置されたメカニズムも同様である

こうした無責任な組織が引き起こした重大事象の結果として、何ら過失のない酪農家などが淘汰されることで、一体ヒトという種の生物がどのような進化(結果)に至るのかといえば

その進化に人間性が組み込まれるメカニズム構造など生物進化には存在しないのであり、正直者が淘汰されることこそあれ、嘘つきや無責任な奴ばかりが生き残ることができるのである。

つまり、ニーチェの言う「超人」だの、ゴルトンの優生学の結果というのは、社会的には無責任な人間性を欠いたヒトへの進化を遂げるだけなのである

むしろ、こうしたバカげた進化論に疑問を一切持たないバカしかいないよう進化(変化)した結果故に、私がいちいち説明してもなを、大半のヒトには問題意識すら働かないのであろう




Ende;

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