池田 悟≪作曲家≫のArabesque

・・・深くしなやかに・・・(音源リンクしてます)

佐藤 眞/管弦楽のための協奏曲

2007-05-27 | レビュー/作曲

バッハの「インヴェンション」がチェンバロの学習書のみならず作曲の指針でもあるように、佐藤眞の作品の一つ一つが、不肖の弟子たる私にとって最大の作曲の指標であり、励ましだった。
5月20日と27日、18:00からの50分間、NHK-FM「現代の音楽」で氏の作品が放送された。ご自身が選ばれた管弦楽作品3曲、弦楽四重奏曲、歌曲、電子音楽が各1曲。

圧巻は、氏が暗譜で指揮して初演した「管弦楽のための協奏曲」。複雑、多彩なオーケストレーション、思いもよらぬ音楽の進み方、振幅の大きさ、一度聴いただけでは把握できず、嵐が去った後のように呆気にとられてしまう…しかしながらこの曲の作曲原理を説き明かす鍵は、まさに『暗譜で指揮が出来る』ところにあるだろう。
48段の五線紙に、時にびっしり書き込まれているこの作品の殆どは、根本的には単旋律で成り立っている。その背景として、潤沢な下地が精妙に織り込まれる。その下地自体が何十声部ものカノンになっていることもあるが、このカノンは知覚不能なので、あくまで背景の織物以上の意味は無い。徹底的に単旋律で進めるからこそ、クライマックスでの対位法が生きる。しかしそれすらもやがて織物になってしまう、千変万化。
もう一つの特徴は、曲の所々で不意に出現する断片的なコラール。このコラールは各部分を締めくくると同時に、断片的ゆえ、その続きを聴きたい欲求を生じさせる。丁度シューマンのAufschwung(飛翔)のように。このようなコラールの用法は氏の「ピアノ協奏曲」第1楽章でも見られ、双方とも「協奏曲」というタイトルなのは偶然の一致か。

私は氏の作品を単純化しすぎて解釈しているかも知れないが、それによってその価値はむしろ高まることになる。原理とは何事も「コロンブスの卵」のごとく、種明かしをされれば単純だと思うものほど優れているから。そしてこの様な解釈の仕方こそ、佐藤眞から学んだのだから。
(写真:有楽町にて)



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