母の一回目の白内障の前日は、昔住んでいた町内、
いたち川沿いで毎年7月24日行われているお地蔵さま祭りでした。
母の手術前の不安を鎮める為にも、ぜひ!連れて行こう!と
心密かに思っていたのですが・・・
母のいつものペース?4時入浴に6時夕食?に云いそびれました
翌日、母を病院へ連れていった後、歩いて行ってみました。
お祭りの名残は全て片付けられたあとでした。
......早いのね~
お地蔵様の前に、小さな小屋を建て、お地蔵さまを飾り
提灯をさげ、御供物やら、吊り雛飾り・・・
≪ネット画像です。お借りしてきました。≫
地蔵盆は、子供のお祭りだったので、私が子供の頃はこの日は
夏休みの始まりの合図のようでした。
7月24日といえば、一学期の修了式。子供達は通信簿を親に見せ
お地蔵様をお守りしている方の家に集合します。
そこで、みんなでお参りした後、夕食となる ソーメンをいただき
夜な夜なお地蔵様の前で
子供たちの加護と、子孫繁栄・家族円満を祈りながら
鈴(リン)?と回し数珠で念仏を唱える大人たちを
横目でみながら、遊ぶのです(笑)
いたち川に舞う ホタルを追ったり、ロウソクを拝借してきて
怪談をしたり・・・この日だけは、割と遅くまで外で遊びました。
今は、町に子供の姿が無くなり、昔の様ではない!と聞いています。
それに、私達の頃にはなかった、灯籠流しがあったみたいです。
戦後50年、1995年から始まったみたいです。
これもネットからお借りしてきました。
富山大空襲で亡くなった人達の霊を慰めるため始まったそうです。
私の子供のころを見守ってくださったお地蔵さまから、さらに
川上に川沿いを行くと、よく遊びに行った
ドンドコがあります。
≪ネット画像です。≫
ドンドコって、方言だったのですね~(笑)
旦那様に笑われて、初めて気が付きました
ここは、小魚が手づかみできたのですよ~写真をみると
川の回りが石積みになっていますが、昔は自然のまま土手でした。
母から、飼っていた鈴虫のエサに、ドジョウを獲ってるように
いわれ、弟やいとこ達を引き連れていったものです。
時々、子供が流れてくることもあったいたち川でしたが
母は、わが子はお地蔵様と水神様に守られているから大丈夫!?
と・・・考えていたのかしら?(笑)
≪ネットより≫
ドンドコが、公園になってる
子供の姿が消えてしまった町のお地蔵さまをお守りする人達
渋く、素敵にはなっていましたが・・・
なんだか寂しいです。。。
この川沿いは、子供たちの遊び場でした。
住んでいた家は、とっくの昔に取り壊され、
今は白い家が建ち、母の実家跡も更地になり
黒いフェンスで囲まれていました。
いたち川といえば、お地蔵さま祭りに始まり、七夕流し、
おしょうらい≪旧盆の迎え火≫
そうそう、毎朝のラジオ体操も、お地蔵様の前でした(笑)
そんな夏休みを、過ごした想い出の場所
今は、ポケストップ(ヒソヒソ)になっていました。(笑)
もちろん!GET!してきました(笑)
Thankyou
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