day by day

癒さぬ傷口が 栄光への入口

王の男

2006-12-27 | エイガ。
さて、今年の映画の(多分)見納めとなります。

王の男」を見てきました。

白状しますが、この「王の男」のチラシを初めて見た時(全くこの作品に関する予備知識が無かった)、てっきりバカ映画だと思いました………(何故だ)
そのせいかずっと気になっていて、どういう映画かという概要を知ってからもすっかり見るつもりになっていたというw

ちなみに私は朝鮮王朝についてはまったくの無知です。「チャングムの誓い」とかも見てないし。

それにしてもコンギル役のイ・ジュンギは本当に美しくて、そして可憐でした。
なんだよこの可憐さは。
素のイ・ジュンギがインタビューに答えているのを見たのですが、普通のちょっと綺麗めの可愛い男の子だったんですが。化けるなあ。
コンギルの美しさはこの物語のキモでもありますので、このキャスティングが叶っただけで8割がた成功だったんじゃないかと思うくらいでした(いいすぎw)


【以下ネタバレます。ご注意を】


ヨンサングンは孤独な王である。
王でありながら、重臣たちはみな聖君と言われた父と比較する。
民から土地を奪って馬を走らせようとも。
国じゅうの美しい妓生たちを集めて侍らそうとも。
その孤独はいや増すばかり。
みんなが敵だ。敵の前で笑ってなどやるものか。
ノクスがいる。ノクスは優しくしてくれる。


チャンセンは教養もなく品もない、身分の低い芸人だ。
しかし、自分の芸に対する自信や誇りは人一倍である。
もっと稼ぎたい。腹いっぱい食いたい。国で一番の芸人と呼ばれたい。
コンギルと二人で。
これ以上、誰にもコンギルを汚させはしない。


コンギルはその美しさが売り物の芸人。
酒に弱くて内気でひ弱そうな青年は、その衣装をまとい仮面をつけた途端妖艶な美女となり、度胸たっぷりアドリブにも強い一人前の芸人となる。
けれど美しさが災いして、芸だけでなくその身を売ることを強要されることもある。
仲間たちが食べていくために、ただ辛抱する。
どんなに汚されても、汚れないものが胸の裡にあるから。


ノクスは身分の低い妓生から王の寵愛を受ける側室になるまで上り詰めた女。
その美貌と、手練手管と、磨き上げた美しい身体と。
それだけが武器。
そうやって他の女たちを押しのけ、やっとこの場所を手に入れたのだ。
王は子供のようにわたしに甘える。
ようやく手に入れたこの地位を、誰にだって渡すものか。


主人公はチャンセンとコンギルの二人の芸人だが、私は見ているうちに王・ヨンサングンに感情移入していった。
暴君、狂王と呼ばれたヨンサングン。
自分の言うことを聞かぬ重臣を次々排除し、民のことなどかけらも考えず、ただその地位をよいことに自分の好き放題をやりつくし、最後にはクーデターで王の地位を追われ、流刑の地で命を落としたという。
国を治める者として、否、人間としても軽蔑されてしかるべき行状はこの映画の中でもその一端を垣間見ることはできる。それでいて、なぜか憎めない、可愛いらしい、そして可哀想な、大人になりきれぬ子供のような王がそこにいる。

彼が孤独なのは自業自得なのだろう。
彼は尊敬され敬愛される人間にはなり得なかった。
母を父に「殺された」(服毒自殺を強要したということらしい)という悲劇を負っていたとしても、民を苦しめていい理由にはならない。

人前では笑わない王はずのが、最下層の芸人が見せる下品な、いわば「下ネタ一発ギャグ」のようなものに他愛も無く大爆笑して、芸人たちを宮殿に住まわせる。
コンギルの美しさに魅了された王はやがてコンギルを部屋へ呼びつけた。

チャンセンは気が気ではない。
相手は王である。
今までのようなはした金ではなく芸人たちが宮殿でよい暮らしを続ける見返りに、またコンギルは身体を売らねばならないのだろうか。

けれどコンギルが王の部屋で見たものは、コンギルが見せる可愛らしい人形劇や影絵に目を輝かせて喜ぶ小さな子供のような王の姿。
別の日には自分で影絵を作り、父王に対する畏敬と憎しみと母親に対する思慕の想いをそれに託してコンギルに見せる。
幼い子供のように涙を流しながら眠ってしまった王を、コンギルはどんな想いで見つめたのだろうか。

ついにはコンギルに官位までも与える王。
宮廷を去るというチャンセンと共に去りたいというコンギルの願いもまるで聞き届けようとしない。いまや、王にとってコンギルはなくてはならないものになっていたのだから。
そしてコンギルもまた、チャンセンと共に行きたいといいながら、王をまた孤独にしてよいものなのか迷っているようでもあった。

堪らないのはノクスの方で。
これまでありとあらゆる手を使って王の寵愛を一身に受ける身にまで上り詰めたのに、ぽっと出の卑しい芸人の、しかも男にその地位を脅かされてはたまらない。
策を弄してコンギルを陥れようとするが、しかしチャンセンがそれを阻み、コンギルが受ける筈だった罰を自ら受けて両目を焼かれてしまう。


コンギルに傾倒していく王。
コンギルを守るために目を失うチャンセン。

タイトルの「王の男」から見ても、これは同性愛をテーマにしているようにも見える。
けれど実のところ、(お国柄や道徳的な制限によるものかもしれないが)実際には王がコンギルと肉体関係を持ったとかチャンセンがコンギルに対して恋愛感情を持っていたとか、明確に示唆するものは何も出てこない。
確かにコンギルは旅芸人時代に身体を売っていたというくだりは出てくるし、王の部屋に呼ばれた時も仲間たちに「何をした」とからかわれる場面がある。しかし、王は最後まで無邪気にコンギルと遊んでいただけかもしれない。
ただ一度だけ、去らせて欲しいと懇願しついには泣きながら眠ってしまったコンギルの唇に、王がたまりかねたように接吻ける場面が出てくるが、それだけである。
妙な話、少なくともあの時点までは王はコンギルに手を出してはいなかったのだろう。
王にとってコンギルはそういう存在ではなかったのだと思う。
ただ、母に甘えるように無邪気な自分の本当の姿を曝け出すことのできる唯一の相手のように。
チャンセンとの関係に至っては、多少いきすぎた友情と思えなくもない。いや、なんとしてもコンギルを守ろうとしたチャンセンの感情は、むしろ、父性愛に近いものだったのかもしれない。
ヨンサングンの慰留を断ることが出来ずに官位を示す絹の衣を纏ったコンギルを見るチャンセンに浮かんだ表情は、恋人を奪われた嫉妬よりも娘をろくでもない男に嫁がせる父親の不安や寂しさのようにも見える。

と、考えていくと、これは特に同性愛としては描かれていないのだという役者たちの言葉がすんなりと入ってくる気がする。


………ただ、コンギルが王に対して感じていたのはほとんど母性本能に近い慈しむような感情で、そういった部分は男性よりむしろ女性の方が見ていて理解しやすいかもしれない。
私が、どうしようもない暴君のヨンサングンをなんだか可愛く思ったみたいに。

コンギルの役どころがもし───時代背景としてそういうものがあったとしたら、だけど───「女芸人」だったなら。
コンギルはチャンセンの恋人だっただろうし、王に見初められた美しい女芸人は、抵抗はするかもしれないけれどおそらくあっさりと王と寝て、恋人と王と王の愛妾とで壮絶でドロドロな四角関係を展開することになるんだろう。
けれどコンギルを男としたことで、後宮を舞台に置きながら母性愛や父性愛というエロスとは近くても対極にある愛の姿を見てとることが出来るのが少し不思議で興味深い。


目を焼かれたチャンセン。
これでもう、宮廷を出たところでチャンセンと二人、自由に芸人として生きていくということは叶わない。
コンギルは王の前で、チャンセンとの思い出を人形劇に託して語りながら、手首を切って自殺を図った。
コンギルは一命を取り留めたけれど、王は、コンギルは永遠に自分のものにはならないということを悟ったのだろう、絶望したように長い廊下を歩く。すねた子供のように。
そして、帰って行ったのはノクスのところ。

ノクスのスカートの中にもぐりこむ王。
これは、「母の胎内へ戻ってゆく、つまり王の死を示唆している」という解説を読んだ。
そう、何もかも失って母の胎内に戻ろうとするように。
ノクスは王の愛人ではなく、王の母となっていた。
母の膝に抱かれながら、「チョソン、宴を開くぞ」と呼ぶ王。
いつも、そこにいて返事をしてくれたチョソン大臣の返事が無い。

つねにヨンサングンによかれと策を弄してきたチョソンが、うかつに「先王に申し訳が立ちません」と言ってしまったことによって遠ざけられたことを悲観したのか、それとももうヨンサングンは自分のてに負えない、こうなってしまった責任を取ろうとしたのか、自ら首をくくっていたのだ。
「チョソン!」と叫ぶ王の声。
暗い梁からぶらさがるチョソンの姿。

私はもしかしたらこの場面がこの映画で一番悲しい場面だったのではないかという気がしている。

自業自得なのだけれど。
おそらく重臣の中で唯一、ヨンサングンをきちんと見て、王たる王にしたいと願っていたチョソンを、ヨンサングンは失ったのだ。


盲目になったチャンセンが綱渡りの芸に挑む。
泣き叫びながら、昔やった出し物のように女形を演じながら自らも綱の上にあがるコンギル。
「生まれ変わったら、やっぱり芸人になる」
そう言うチャンセンに、自分もやはり芸人になると答えるコンギル。
二人の姿を、極上の芸を見るように楽しそうに見守る王。
遠くに、クーデターを起こし攻めてくる軍勢の声が聞こえる。
それを告げようと来る家臣を毅然と追い返すノクス。

こんな悲劇の中で、全員がどこか幸せそうに笑っている。

この次の瞬間、訪れるであろうもの。
その前の、一瞬の幸せ。

この瞬間を、封じ込めてしまおう。

それは悲しくも、幸福なラストシーン。
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