カメラを片手に

咲いたコウヤボウキ、茎は箒になぜ?

神無月晦日、柔らかな秋の陽差しで9.9℃から22.4℃迄上がる穏やかな一日。
明日からもう霜月ですね。ところがこの日曜日までの3日間、最高気温が26℃
との予報、季節外れの夏日となれば観測史上一番遅い夏日になるかも。
      13時、21.0℃、43%

この29日のこと、大渕池公園・東地区を訪れ、秋に咲く花を探せば・・・
日当たりのよい小さな尾根筋の遊歩道で見つけた。


コウヤボウキ・高野箒」キク科コウヤボウキ属、ではなく落葉小低
茎は灰褐色で細く木質化していて硬い。葉は互生し、今年の枝は幅広い卵形、
前年枝の節に束生する葉は細長い。冬には葉を落とし、枝のみが目につく。

高野山では冬の茎を束ねて箒の材料としたことからコウヤボウキとの和名に。
高野山でこの材を用いた訳は、かつては竹を植えることを禁じられていたと。
理由は、戒律の厳しい真言密教、竹というものは筍が育ち、その後色々な用具
の材料にも利用されることで、人間の欲望を生じさせるものだからという。

またこんな説話の九度山では残っている。
"弘法大師が草創するまでは、高野山には鬼の子が住んでおり、農民たちは、
 竹箒で鬼の子を丹生川に掃き捨てた。ところが、鬼の子はまた山に帰る。
 村人は竹箒を捨てて、替わりにコウヤボウキで作った箒で庭を掃くと鬼は
 山に帰ってこなかった。” と 

古く奈良時代は「たまははき」と呼ばれ、その後「タマボウキ・玉箒」とも。
万葉集では二首、一首は新春を寿ぐ下賜品、残りは単なる箒で詠われている。 
758年1月3日、孝謙天皇が玉箒を賜り宴を催された。藤原仲麻呂が天皇の勅を
受け「それぞれ思うように歌を作り、詩を付けるように」と伝えられると・・

巻20-4493 大伴家持
原『始春乃 波都祢乃家布能 多麻婆波伎 手尓等流可良尓 由良久多麻能乎』 
初春の 初子(はつね)の今日の 玉箒(たまばはき) 手に取るからに 揺らく玉の緒
 
意)初春の、初子の今日、玉箒を手に取ると、玉が揺れて音をたてます。  
 *玉の緒とは玉を通した紐。古代、玉は命、魂とされ、緒に貫くことにより
  生命の永続を願ったのです。

さて11月13日迄、奈良国立博物館で開催中の「第75回正倉院展
*連れ合いの話、初日28日は昨年より3割以上多く、列が絶えなかったと。

今回の陳列品ではないが、 2019年の第71回正倉院展で陳列されていた
子日目利箒・ねのひのめとぎのほうき」天平宝字2年(758)正月初子の日の
儀式で用いた手箒、中国古来の制に倣い、蚕室を掃き清めて蚕神を祀られた。
コウヤボウキの茎を束ね、紫色に染めた鹿革で包んだ上に金糸を巻き付けて
把手とし、茎には濃緑色のガラスの小玉が差し込まれ、現在は6個残る。

  子日目利箒 第1号、儀式具、木竹工、南倉75、長65.0㎝ 把径3.9㎝

  材質等はコウヤボウキの茎 紫革 金糸 ガラス玉(濃緑)
      正倉院HPより  

この花は9~10月に、本年枝の先端に頭状花が一輪ずつ咲き、長さ約1.5㎝の
花弁は細長くてよじれる筒状花が十数個集まり、白い房状を呈している。

その傍に、ネズミサシという木があった。  次回へ

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