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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 58


「二つの次元の意識が重なった状態で、囚われている・・・」私は、聞いた言葉を自分の頭に言い聞かせようと、口にだしてみた。
 その様子を見て、ヒカルはさらに付け加えた。
「そう。もう少し判りやすくいうと、自分では昇華しきれない葛藤によって、アサダさんの意識が分裂してしまおうとしている」
 私には、それが具体的にはどういう状態か皆目見当がつかないものの、このままではアサダさんが現実世界で永遠に目覚めることが出来ないということだ。アサダさんの身が心配で、胸が締め付けられる。

「そのアサダさんの葛藤を溶かすのが、イナダくん。あなたのはずだった。3秒間のズレによって生じた巡りの穴を、昨夜の夢の中で埋め合わせるようにしてね・・・」

 ヒカルに言われて、改めて昨日からの出来事を順に思い出しながら、私は頷いた。
「そうする前に大きな地震が来て、夢が中断しちゃったんだよな・・・」
 自分の中で、大分状況が整理されてきた。何となくだけど、さっき悪夢のような無限の砂漠に囚われてしまったように、アサダさんは”何か”に囚われ、苦しんでいるに違いない。だから、人の想念が形づくるこの意識の世界で、アサダさんの意識に直接働きかけて、彼女を救うのだ。
 私の恐れの気持ちはいつの間にか吹き飛んでいて、はやる気持ちを胸に、草や花が茂る丘を足早にくだっていた。そして、比較的平坦な場所まで来たところで、改めて行き先の街を眺めると、不思議なことに、いつの間にか、ぐっと街がそばまで近づいている気がした。
 
「もう時間は残されていない。今は宇宙が存続できるかどうかの、瀬戸際なの」
 ヒカルは、これ以上無いような重たいひと言を淡々と言い放った。しかし、自分にはどうしてもその言葉が空虚に思えて心の深いところには届いてこなかった。
 ヒカルがどれほど深刻な気持ちで歩いているのか、私は察することすら出来ていない。宇宙の存続や消滅といった、あまりにスケールの大きな問題について、ヒカルときちんと本当の意味を共有できていない自分がいるのが判った。
 ヒカルは、自分の存在をかけてまで、この宇宙の危機と向き合っているのに、私にはどこか遠い場所の物語を聞かされているように思えてしまう。
 そんなことを知られたら、ヒカルは怒りだしてしまうかもしれない。けれど、今、自分の心をごまかしながら、この意識が形づくる世界で行動するなんて、絶対に無理だと直感した私は、思い切って言った。

「・・・あのさ、俺、宇宙が消えるとか、そういうの、正直全然わからないんだ。なんていうか、いくら聞いてもピンとこないというか・・・」

 ヒカルは歩きながら顔をこちらに向けた。その表情を、私はなんだか後ろめたくて見ることができなかったが、構わずに続けた。
「でもね、アサダさんのこと、本当に心配なんだ。俺、こんなこというの、すっごく恥ずかしいんだけど、本当にアサダさんのことが大切なんだ。少しものの言い方がキツいときあるけど、本当に面倒見が良くて、自分のことより周りの人のこと気にかけちゃって、ときどきそれで疲れちゃうんだけど、絶対に弱いところ見せようとしない。でもそれ、周りに心配かけたくないからなんだよね。でも、アサダさんの背中みてると、判っちゃうときがあるんだ。心細くて不安なんだなって時が・・・」
 
 今まで誰にも口にしたことが無かったアサダさんに対する想いが、自然と口からこぼれるようにとまらなくなった。いきなりこんなことを話されて、横で黙って聞いているヒカルも、きっと困惑しているだろう。でも、止められない自分がいた。

「・・・それで、心配になって話しかけるんだけど、ふり向いたアサダさんは、絶対にいつもの頼れる上司の顔して、どうしたの?って。そんとき、俺は本当に言っちゃいそうになるんだ。抱きしめてもいいですか?って。・・・そんなこと、いつも助けてもらってばかりの部下の自分には、絶対に言えないんだけど」
 
 ここまで言いきって、ふと、ヒカルと目があった。そのきょとんとした表情を見て、私は猛烈に恥ずかしくなり、顔がみるみる赤面するのが自分でわかった。
「ああ!ごめん、つ、つまり、何が言いたいかっていうと、その、宇宙の事うんぬんより、アサダさんを助けたい!って、ただそれだけを思ってちゃ、だめ・・・かな?って・・・」
 
 慌てて取り繕うようにヒカルから目をそらし、地面に視線を落とした。耳たぶが熱い。
 横で、ヒカルが大きく息を吸い、そして、吐いたのがわかった。どんな顔をしているのだろう。こんな時に突然と、いい年して甘酸っぱい恋愛感情をべらべらとまくし立てたことに、呆れてものも言えないといった感じのため息だろうか。私自身、ものすご場違いなことを言っているように思える。
 そんな私の耳に、ヒカルがぽつりと言った言葉が入ってきた。

「・・・200点」

「・・・へ?」私は情けない声を出しながら、恐る恐るヒカルを見た。そこに、深い黒色の瞳が、優しく微笑んでいるのが見えた。

 すると、今度はヒカルの方が少し恥ずかしそうに、私から目をそらした。何が嬉しいのか、しきりと笑みを浮かべそうになるのをこらえるかのように言った。
「それが聞けただけでも、イナダくんをこの世界に連れてきたかいがあったよ」

 思いがけないその言葉に戸惑う。人の恋愛感情の話にそこまで言ってくれる理由が正直わからなかったが、この気持ちをまっすぐに受け入れてもらえたようで、心底ほっとした。
 その後、ヒカルはさらに何か小さくつぶやいたように見えたが、にわかに吹きだした後ろからの強い風にかき消された。背中を押すような風とは、このような風か。この風に乗って、すぐに駆け出したい気持ちになった。アサダさんが待つ、あの街へ向かって


・・・つづく。

 


  
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