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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 10

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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「父が、ゆりさんにAI開発のアドバイスを・・・?」

 カヲリは驚いて聞き返す。白崎ゆりは優しい眼差しのまま、頷いた。

「そう。これは、お互いに同じ大学の学生のころから彼の研究テーマをずっと横目で見ていた私の直感が働いたの。このマザーAIには、秋夫君の力が必要だってね」

 そう言うと、白崎ゆりは手に持ったコーヒーカップにそっと口をつけ、まだ少し熱いコーヒーを一口含んでゆっくりと飲む。

「でも、結果としては、それは他のメンバーに受け入れられなかった。ううん、正しく言うと、妨害された・・・」

 コーヒーカップをテーブルの上に置き、遠い目をして窓の外を眺める白崎ゆり。この後、彼女の口から徐々に聴かされていく。

 白崎ゆりは、ノアの創設者である世界的な人工知能研究の権威であった今は亡きレオナルド・トーマス博士からの厚い信頼を受けていた。

 もともと、ノアは科学者やエンジニアと言ったAIとロボットのプロフェッショナルが有志で立ち上がったテクノロジストの義勇団体。

 白崎ゆりは、自分がマザーAIの開発に携わることに決まったその時から、どうしてもカヲリの父親である比奈田秋夫をメンバーに迎えたいと考えていた。

 比奈田秋夫。彼は学生時代から異色のテーマを追求する変わり者として、ある意味で学壇から異端児扱いをされていた。

 でも、秋夫はどんなに異端児扱いされようと、その研究テーマが世界の未来に絶対に必要だと言い張って、決して捨てようとはしなかったという。

 

「その秋夫君の研究テーマは・・・”AIと愛”」

 

それが、カヲリの父親がその生涯を捧げようと取り組んでいた、彼自身で掲げた研究テーマだと白崎ゆりは言った。

 

「AIと、愛・・・」

 

 カヲリは自ら、確かめるようにその言葉を口から出した。まだ、何も詳しくは聞いていない。でも、確かに伝わったものがある。

 子供のころの父親の記憶。あのやさしくて温かな瞳が脳裏に蘇る。

 その瞬間、カヲリは自分でも予想していなかったタイミングで、不意に涙が頬を伝いこぼれ落ちた。

 

 ケンも、隣でそのカヲリの涙に気がついた。そして、どうしても手が動いて、カヲリの肩にそれをそっとおいた。

 すると、それがスイッチとなったように、カヲリは自分でも意外に思うほど、大きな声を上げて泣きだした。

 これは何の涙なのだろう。そう思いながら、泣いた。

 でも、うれしくてたまらなかった。そう、これはうれし涙なのだと判った。

 ずっと海外にいて離ればなれだった父親。娘としての父との関わりは、正直周りの人たちと比べて希薄だったのかもしれないと、カヲリはずっと思っていた。実際にそうであったろう。

 でも、その父はどんなに異端児扱いされようと、世界の未来を思いそのテーマを貫いたと聴かされた時、なぜか父と夜空の星がイメージに重なった。

 北極星。動かない星。”AIと愛”というその星を遥か先に見据えながら、世界を飛んでいたのだ。

 その事を知ることができて、宇宙災害で家族や友人の殆どを失ってからの自分の心に、ささやかな拠り所が戻ってきた気がした。

 本当は寂しくて仕方がなかった自分のこれまでが、今は少し報われた気がした。

 ケンも、白崎ゆりも、博士も、カヲリが泣き止むのをやさしく見守っている。

 博士は眼鏡を取り、自らの目頭に浮かんだ涙を指でぬぐった。

 

 

・・・つづく。

 


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主題歌 『Quiet World』/ うたのほし

作詞・作曲 : shishy  唄:はな

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