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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 10

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 防護服を脱いで部屋に戻ったカヲリは自室の電気が付くことを確認してほっとする。どうやら無事計画停電の時間は過ぎたようだ。夕方になってもまだまだ暑い。エアコンをつけてから買い出した食料をストックルームの棚にしまっていく。

 そのストックルームは元々は両親の寝室だった。自分が二十歳になった時、両親のベッドを処分してこの部屋を改造した。

 今思えば、ちょうどその時くらいから自分の中で止まってしまっていた時間が、もう一度流れ出したような気がする。

 それまでの普通の世の中に生きていたら、高校生、大学生と、同世代の若者達と世の中の様々な楽しさや苦さを共に体験する花の青春時代。しかし、そんな平和と安全な社会で大人になる手前でギリギリ保護された若者達が謳歌できる、仮初めの自由と自立に対する甘美な期待は、砂で描かれた絵のごとく一瞬でかき消された。

 世間の混乱の中で、毎日の食料を確保してただ生きるのに精一杯だった。振り返る暇もないし、未来を考える気も起きない。とにかく生き残った数少ない人たちと、生きるための情報を共有しながら、必死に生きた。

 そして、自分が知らないうちに「ノア」が新世界の秩序を圧倒的なテクノロジーの力を使って築き上げ、もうこれから食料の心配をしないで良いとある日突然聞かされる。それを教えてくれたのは他でもないケンだった。

「すごいコロニーができてるんだ!きっとカヲリも気に入ると思うよ絶対!」

 ケンは他の地域の住人達にもそうしたように、一緒にコロニーで皆と暮らそうと早い段階から誘ってくれていた。

 でも、両親のベッドを処分した自分の寂しい気持ちとは裏腹に、この住まいで独りのままでいることをカヲリは選んだ。

 そうだ、と改めてケンから渡された本のことを思い出す。テーブルの上に置いたまま買い出したモノの片付けに夢中になってすっかり忘れていた。

 身寄りが無くなって生きるのが大変なのは自分と同じはずなのに、同年代のケンはずっと最初から地域の生き残った住人たちに食料や生活資材の支給について情報や、免疫疾患で苦しみながら生きながらえている人たちの病状を見て周り、サポートキャンプに連れて行くなど、とてもよく働いていた。

「ケンがノア・メンバーか・・・」カヲリは独りでつぶやいてテーブルに置いていた本を手に取った。

 タイトルを確かめてみたが、全く覚えがない本だった。旧世界に書かれたちょっとハードボイルドな香りのする小説のようだ。こういう本は自分では絶対に手に取らないはずだけどなとカヲリは思った。本当に貸したのだとしたら10年近く前だけど、この本はくたびれた感じも特にない。

 頁をパラパラとめくるとすぐに紙が折りたたまれて挟まれている事に気がつく。広げると薄い紙に2枚ほど、手書きの小さな文字が並んだ文章。

「手紙・・・」

 こちらの外の世界ではともかく、コロニーで住んでいながら今どき手で文字を書くことも少ないだろうに。そんなことを思いながら、小さくていかにも几帳面さが現れた文字を意外に思いながら何気なく目にした冒頭の一行目に、カヲリの目は釘付けとなる。

『周りに誰も(特にロボットが)いないことを確かめてから読んでください。カヲリのお父さんにも関係する話です—』

 そう、表向きにはあきらめていたが、心の奥底では、まだ目にしても耳にしてもいない、父の生死について、ほんの微かな期待を灯していた。それは宛がなさ過ぎるために、小さな棘のようにシクシクと心を痛める種でもあったが、それでもこの家に残って暮らすことを決めた一つの理由でもあった。

 その父についてのことが、書かれている。本当に?だとしたら、なぜ、ケンが・・・。

 頭が一気にめまぐるしく動きだしたカヲリは、食い入るように手紙を読みはじめた。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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