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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 54




 まぶたの裏を赤く染めるような強烈な日差しを感じて、私は目を覚ました。

 自分は今、どこかに横たわっているようだ。
 眩しさに顔をしかめながらうっすらと目を開けると、そこには雲一つ無い空が広がり、太陽が燦々と輝いていた。

 次に、猛烈な暑さを感じる。皮膚を焼くような日の強さだ。
 手で身体を支えて起き上がろうとした時、手のひらで熱い砂を掴んだ。
 地面を見ると、自分は砂に囲まれているようだった。
 そして、さらに身体を起こして周りを見渡すと、そこには砂だけが広がる世界があった。
 —ここは、どこだ・・・?

 360度、どこを見ても砂の丘がなだらかに連なる景色しか見えない。
 青い空の下に、どこまでも続く砂丘。誰もいない。鳥もいない。木も草も、何もない。
 ただ、太陽が自分の身体を焼きつづけ、それを慰めるように乾いた風が身体にあたっていた。 

 私は混乱した。
 なぜ自分は一人でこんな場所に横たわっていたのか。
 今まで、何をしていたのか、それすらはっきりとしない。

 「・・・ここって、砂漠!?」
 頬を吹きつける風に乾いた砂が混じる。
 テレビやウェブ動画でしか見たことがない砂漠。私の中では砂漠は寄る辺のない孤独と同義であって、死の恐怖を感じさせる危険な場所であった。

 その恐怖が引き金となるように、私は激しい喉の渇き覚えた。
 自分の身のまわりを見る限り、荷物のようなものは何一つない。勿論、水筒も。
 なぜだ、なぜなんだ、こんな無防備な状態で、なぜ自分は砂漠のまん中にいるんだ!? 
 絶対に普段の自分だったら、こんな無防備な状態で旅には出ないし、そもそも、砂漠なんかにはいかない。

 頬から顎に汗がしたたり落ちた。
 !まずい、このままでは脱水して死んでしまう・・・!
 こんな所で一人でいても、誰も助けなんか来ない。動けるうちに、動かなければ・・・!

 私は立ち上がり、あてもなく歩き始めた。
 いくつもの砂の丘を越え、ただひたすらに歩きつづけた。

 あの砂の丘を超えたら、遠くに街が見えるかもしれない。
 そう思いながら何とか気持ちを保とうとした。
 しかし、いくつ砂丘を越えようとも、奥に続くのは砂丘ばかりだった。
 変わらない景色に何度も心が折れかかる。もしかしたら、最初に歩く方向を間違えたのではないか。
 そう思うが、今さら歩く方向を変える気も起きない。
 どんどん身体が重くなっていく。時折砂が足をとって靴が脱げそうになる。

 何時間くらい歩いただろう。太陽はなぜか一向に傾かず、燦々と頭上から世界を照らしていた。
 歩く目的がもうなんだかよく分からなくなってきた。
 再び砂に足を取られて、私は倒れた。
 喉の乾きは極限状態をとうに越えていた。 
 
 まぶたが重い。目に入る砂の地面が歪んで見える。 
 —ここで死ぬんだろうか。

 そう思ったとき、不意に視界の中に動く影を見た。
 最後の気力を振り絞って、目をこらすと、そこにトカゲがいた。
 こちらを見ている。

 この砂だらけの世界。
 焼くように照りつける太陽。
 水はどこにもない。
 こんな、こんな場所に、生きているなんて。なんて奴なんだお前は。
 
 トカゲはこの環境にさえも、生かされていることの奇跡を思った。
 このトカゲにとって、この太陽に照りつけられた砂の大地が、生きる住処なのだ。
 
 乾ききった私の身体から出るはずのない涙が目から溢れ出た。

 私がここで死ねば、トカゲのこいつは何日かぶりの食事にありつけるのかもしれない。
 いや、どこからか鳥がやってきてこの肉をついばむのかな。
 そうやって、生きていくものたちがいるんだ。

 自分はいままで、どれだけの生きものを食べたのだろう。
 ・・・そうか、そうだったのか。

 涙があふれ出た。
 
 ーありがとう、ありがとう。
 ー自分は今まで生かしてもらってたんだな。

 涙で濡れる砂を感じながら、トカゲが走り去って行くのを見たとき、ぼつりと手に水滴があたったのを感じた。
 やがてその粒はいくつもの連なりで、私の身体に落ちてきた。
 身体をひねり、仰向けになると、さっきまで雲一つ無かった空が一面の雨雲に覆われているのが目に入った。

 にわかにざーっという音と共にスコールのような雨が降ってきた。
 私は口を開けて、降り注ぐ命をもらった。

 ーありがとうございます。ありがとうございます。

 私は感謝を思わずにはいられなかった。天に対して、ただただ感謝を思いながら、今まで何も考え合うに飯をくってきた自分を、こんなに情けない自分を救ってくれて、なんだか申し訳ない気持ちも覚えた。

 どれくらいそうしていたのだろう。
 気がつくと、乾きの苦しみは嘘のようになくなっていた。
 それどころか、仰向けになった自分の周りには、砂だらけの砂漠も消えて、周りには草や木々が生い茂っている。
 分けがわからずに呆然と横たわっていると、ふと足の靴が目に入った。
 何かを思い出した。

 『ね、靴履いておいてよかったでしょ』

 ・・・リン!
 
 そうだ!リンがそう言っていた。
 私は、アサダさんの部屋でリンと手をつなぎ、光に包まれた。
 そして、異次元の世界に・・・!

 その時、不意に頭の方から声が聞こえた。

 「気づいたようね、大丈夫?」

 その声は、まぎれもなく知っている声だった。
 私は横たわったまま首を声のほうに向けて言った。

 「・・・ヒカル」
  
・・・つづく。
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