誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 08

 ・・・いよいよ訳が分からなくなった。
 自分の記憶がおかしくなったということで結論をつけようとした矢先に、自分の記憶を証明する物証といえる一枚の名刺が見つかった。
 
 そもそも、会社の名刺は入社時にまとめてもらったものなので、そこに書かれていることは全部同じはず。なんでポケットの中の一枚だけに“17階”と、書かれているのだろう。カバンの名刺入れの中に入っていた名刺も、全部18階だった。なぜ、この一枚だけ・・・?
 
 しいて他の名刺との違いを挙げるならば、この一枚だけは、自分の身体と密着した状態で量子テレポーテーションを経てきたということ。その他の名刺が入った名刺入れはカバンに入れてあり、手荷物検査後に別途、荷物専用のテレポート転送で送られてきた。
 
「・・・もしかして、それが原因なのか・・・?」
 
 私という存在と皮膚感覚を通してダイレクトにつながったモノは、私のこれまでの記憶や認識と共に、テレポーテーションを通じて東京にやってきた。
 しかし、テレポーテーションの末に辿り着いた東京、いや、この世界は、私のこれまでの記憶や認識とは少しだけズレた世界だということではないか?何故そうなったかという理由は判らないし、荒唐無稽な事だとは思うが、もしそうだとしたら、辻褄は合う。
 
「・・・いや、もう、ギブ・・・」
 
 ここまで考えて、思考の限界を感じた私は、全てを一旦放り投げたくなった。気が付けば、ひどくお腹が空いていた。
 
 AI搭載の冷蔵庫に向かって話しかけ、ご飯の準備を頼むと、いくつかストックがある冷凍レトルト食品の候補を挙げられた。その中から、あんかけ焼きそばをチョイスして自動調理を待つ間、ふと、自分の母親に連絡をとって、自分の生年月日を確かめようとも考えた。
 
 だが、やめた。そんなことをすれば、ただ母親に要らぬ心配を掛けるだけだろうし、その結果を知ったところで、今は自分にどうすることも出来ない。
 今日はとにかく疲れた。晩ご飯を済ませ、しっかりと入浴して、とにかく早く寝ることにした。
 
 時間を見ると、まだ午後8時を過ぎたばかり。時間は、確かに一秒一秒、連続性をもって刻まれていた。何処かでこの時間が途切れたり、別の世界の時間とつながったり、そんなことが本当にあるのだろうか。
 
 またそんなことを考え出してしまった私は、自分の思考を振り払うように頭を振る。混乱する自分の頭の思考をもう休めるのだ。
 その選択は、自分でできる。そう、私は、ワタシだ。今、ここにいる。その実感だけをしっかりと持とう。
 
 そう思った時、外のどこからか、犬の遠吠えが聞こえてきた。
 ここ数年、春から夏にかけたこの時期になると、いつもこの時間に聞こえてくる、いつもの犬のさみしげな声だ。
 
「おまえは、今日もそこにいるんだな・・・」
 
 何だかほっとして、少し落ち着きを取り戻す自分がいた。
 
 自動で調理されたあんかけ焼きそばを食べ、その後、ゆっくりめに入浴をし、早めにベッドに潜り込んだ。ヨーロッパ時間で朝方から東京の昼過ぎへテレポーテーションしてやってきたのだから、よく考えれば今日起きてからは、まだそんなに時間が経っていないはず。それでも、疲れたのか、徐々に眠気に包まれていった。
 
 今の自分は夢の中にいるのではないか?起きたら全ては元通りになるのではないか?
 翌朝起きたら、それははっきりするだろう。
 
 その時、やっぱり今日のことが全て夢だったら、自分はどう思うのだろう。
 鬼の部長は仏に。憧れの上司は、自分の彼女になっていたこの世界。
 
 確かに、自分が望んでいた世界に違いない。
 でも、それにしてもあまりに、唐突すぎる。
 自分の存在の連続性に疑いを持つということは、こんなにも不安なものなのか。
 
 これが夢であって欲しいのか、現実であって欲しいのか。
 
 その答えはでないまま、眠りに墜ちていった。
 
・・・つづく
 
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