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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 16

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


前の話を読む


 

 カヲリが断片的に思い出すことが出来る父とのやりとり。

 思い通りにならなくてふくれている子供の頃の自分には、少し退屈な言葉に思えていたかも知れない。

 それでも、そう言う話になった時の父と母の顔はいつも優しかった。

 だから、その言葉は記憶の中で掠れているようでいても、心の深くで留まってくれていた。

 『当たりまえのものに、感謝をすること』

 父は、そんな小さな頃の自分に言い聞かせたようなことを、世界中のAIの研究者や哲学者、テクノロジスト達に向かって同じ事を言い続けてきのかと思うと、胸が温かくなった。

 それをユリに伝えると、彼女は何も言わずに、一際優しく目を細めて笑顔で頷いた。

 ユリのその表情を観たカヲリは、何故だか少しだけ判ってしまった気がした。

 自分の父に向けられた、ユリの中にある特別な感情を。

 それは、研究者として、科学者として認めるリスペクト(敬意)だけでは無いのかもしれなかった。

 ほんの少しだけ場に沈黙が訪れ、ユリと目があう。

 カヲリは不意に、ユリに聴いてみたくなった。

 自分もそうであるように、ユリもきっと早く父と会いたいのではないだろうかと。

 おそらくユリにも、そんな事を思うカヲリの気持ちが伝わったかもしれない。

 ユリはその瞳を自分の手元のコーヒーカップを観るように下に向けた。

 それを見て、カヲリは言葉を呑み込み、今はそっと心の中にとどめておくことにした。

 

「すごいや、カヲリのお父さん。早く会いたいな!」

 

 何やら女性同士だけに判るそのような機微に何も気がつくことなく、ケンが明るく抜けた声を放ち場がゆるむ。

 その時、博士が窓の外を観て言った。

「お、どうやら雪かきも一段落かの」

「あら!ほんとう?ねえ、私もマルコと話してみたいわ」

 ユリが目を輝かせて言った。

「僕呼んできます!」そういってケンがフットワーク軽く、席を立ち外へ向かった。

 

「あら、ありがとう」ユリは既に動きだしたケンの背中に向かって言った。

「あはは、若いっていいのう、走っておるぞ」博士も目で追いながら言う。

 

「素直ないい子ね、ケン君は」

 ユリはカヲリを見ていった。

 カヲリはこくりと素直に頷いた。

 そして、宇宙災害が起こってから、地域の人たちを一生懸命に面倒見て、何か人の役に立ちたいという一心で「ノア」に自ら希望して働き始めたケンについて、自分の知ることをユリに話した。

 そんな話をしながら、カヲリ自身もそんなケンに対して知らず知らずに寄せていた、確かな信頼感を自分のなかに認めていた。

 そして、コロニーを一緒に脱出したあの日のことも、また思い出しながらユリと博士に語った。

 マルコは、ケンとカヲリを守ろうと自らの身を挺し、ケンはカヲリを守りながら、さらにマルコの命と言っていいブレインプログラムとメモリをキューブにコピーする機転を利かせて、命からがら3人でここまで辿り着くことができたのだった。

 そんな話をしていると、ケンは百式と呼ばれる作業用の重機ロボットから離脱した、いつも通り可愛らしく空を飛び、今やピカピカボディとなった小さなマルコを伴ってカフェに戻ってきた。

『イヤー、ハカセ!あの百式ボディはすっかり気に入ってシマイマシター。ものすごく動きやすくてパワーもあり、仕事がはかどりとっても爽快な気分デス〜』

「あはは、気に入って貰えたならこっちとしても儲けもの、またいつでもジョイントして仕事をしておくれ、愛のAI君」

 

『はい?アイのAI?それは何の話でしょう、ソレは』

 

 そう言ったマルコを皆で笑う。

 

「すぐに判るから、よし、ちょっと場所を変えようか」

博士はそう言って皆を促してラボへと向かって歩き出した。

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』

うたのほし

作詞・作曲 : shishy

唄:はな 

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