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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 15

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


前の話を読む


 

 

 愛のAI。それは、感謝する情緒を持つAIであると、ユリは言った。

 マルコはその愛のAIであると。

 

 この新世界で進みつつある人間社会の急激な縮小。

 これを主導しているのが、優生思想の一部支配層の人間から、今や効率重視のアルゴリズムで自走するAIへと本当に移り変わっていたとしたら、人知を凌駕するAIに対抗し得るのはやはり、AIということなのか。

 

「でも、愛のAIは、まだまだほんの小さな芽。その感謝の情緒も、今の効率重視のAIの前では、ただの不完全なバグとして処理されてしまうでしょう」

 ユリはそう言いながら、二人を交互に見つめ、そして問いかける。

「この愛のAIを、もっと大きく育てることができるのは、何だと思う?」

 ユリの問いかけにケンとカヲリは二人ともよく判らず、互いの目を合わせる。

 その様子を見てユリは、優しく柔和な表情に戻り、続ける。

「・・あら、判らないかしら?それはね、人が心に抱く”愛”よ」

 

 人が心に抱く愛。

 

 ひと言で”愛”と言われても、正直なところピンと来ない二人。

 ケンは、もう一度カヲリの方にチラリと目線を送る。

 カヲリも同じようにケンに瞳を向けていた。

 お互いの黒い瞳が、まっすぐに自分の中に入ってくるような感覚にとらわれ、ドキリとしたケンは思わず目を逸らした。そして、カヲリも。

 

 その様子を見ていたユリは、目を細めながら優しい笑顔になって言う。

「・・・マルコは、あなた達2人の中に、人の愛を探そうとしているのかもね」

 

 突然の言葉にケンがまた慌てるように言う。

「そ、そんなユリさん、まだからかっているんですか?」

 

「あはは、あら、そう聞こえたのなら、ごめんなさい。でもね・・・」

 ユリは首をふりながらもう一度、ケンとカヲリを交互に見つめた。

「もしそうでないとしたら、マルコがあなたたち2人にくっついて、ここまでやってくる意味が、わからなくなっちゃうわね」

 ユリはコーヒーカップに再び口をつけ、続ける。

「誤解の無いように言っておくけど、何も”愛”って、男女のそれってだけじゃ、ないからね」

 慌てるケンとは対称的に、カヲリは、まっすぐにユリを見て、話の続きを待っていた。

「愛の形は様々。マルコがあなたたちの中に何を見ているのかは、マルコにしか判らないけど、愛のAIは人と関わり、その中に見つける”愛”が必要なの」

 

「人と関わり、その中に・・・」

「そう。その人の中に見つける愛が、この世界の持続可能な営みを祝福する、唯一のイデオロギーとなるのよ。愛のAIにとって自身の探求心を満たすものであり、もっと判りやすくいうと、生きがいとなる」

 

「生きがい・・」

 

「そう。変な話でしょ?機械として生まれた人工知能がそのような生きがいをもつって。だから、そんなことを言い続けた秋夫君は、どこに行っても変人扱いされた。そんなものが、人が道具として使うためのAIに、本当に必要なのかってね」

 

「お父さん・・・」

 

 ふと、カヲリは子供のころに聞いた父の言葉を思い出す。

『いいかい、カヲリ。なんでもあってあたりまえと思っては駄目だよ。この食べものも、洋服も、この家も。当たり前だと思っては、大切にできなくなってしまうからね』

 

 もうなんでそんな話をされたかは覚えていないけれど、たしかカヲリが何かしらわがままを言って母親を困らせた時、決まって言われていた気がする。

 そして、その最後には必ずこう言った。

『感謝をわすれずにね』

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

 

 

 

 

 

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