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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 82

 足がもつれそうになりながら、私たちは駆けた。
 森の中に何があるのか判らないが、今私たちに出来ることは先に進むことだけだった。
 気がつけば、草花が足元にまとわりつき、木の枝が頭上をかすめる森の中をかき分け進んでいた。
 同時に、地面を踏みしめる音や木の枝葉が風で擦れる”森の音”が聞こえ始めた。
 まるで、テレビドラマで急に場面が変わって森のシーンが始まったように。
 相変わらずモヤが立ち込め、先があまり見えない中、隣で一緒に駆けるヒカルと目を合わせ、私たちは走る速度を緩め、そして、周りを見渡しながら足を止めた。私もヒカルも息が軽く上がっていた。
 
 さっきまでの道からさほど走ってもいないのに、ここはもう木々が立ち並ぶ鬱蒼とした森の中だった。
 周りには背の高い木々が立ち並び、頭上の枝葉の重なりの隙間から、僅かな陽の光が見える。
「この森は、何なんだろう・・・」呼吸を整えて、私はヒカルに向き直って聞いてみた。
「わたしにも、わからない・・・」そういったヒカるの身体が、モヤのせいかさっきよりずっと淡かった。
「ヒカル!・・・また薄くなってないか?」
 慌てる私の様子をよそに、ヒカルは落ち着いた様子でこくりと頷いて応える。「ここは他の次元との重なりが強いみたい」
「何それ、だ、大丈夫なの?」
「ええ。このまま消えてしまうというわけではなさそう。今はただ・・・」
 
 ヒカルが言葉を続けようとしたその時だった。現実の世界ではありえないような不思議な現象が私たちの身に起きる。
 突然、周りの木々が一斉に同じ方向に動き始めたのだ。
「うわ!なんだ、木が動いてる!?」
「ちがうわ、時空がそのものがずれて移動してるみたい!」
 そう。ヒカルが言うように、木が移動しているのではなかった。周りの景色全部がスライドしているようだった。まるで、インターネットの地図サービスで街中のストリートを主観映像で見て回る感覚に近い。
 目まぐるしく変わる景色は、不思議と直線的な動きを繰り返して縦に、横にとズレながら、私たちをどこかに連れて行こうとしているかのようだった。
「うわあ!」急に光を浴びて、私とヒカルはその眩しさから顔を隠すように腕で前方を覆いながら声を出した。

 ふわっとした温かな風が私とヒカルの髪の毛を揺らした。鼻をくすぐるその空気にはどこかお日さまの匂いが感じられる。
 顔を覆った腕と腕の隙間から見える地面に、可愛らしいピンクや黄色、白い色の小さな花々が見えた。
 私とヒカルは腕を下げながら、恐る恐る辺りを見渡す。
「うわあ!」さきほど放った私とヒカルの驚きの声が、今は感嘆の声に変わっていた。 
 私たちは、息を呑むような美しい草花の丘の中腹にいた。
 頭上には青い空が広がっている。そのもとに広がる一面の美しい草花が、暖かく優しい風を受けてちらちらと揺れている。

「あ!」私は二匹の蝶々の姿に気がついた。森へと続く道で見たあの蝶々だ。丘の中腹にいる私達の目の前を通り過ぎ、丘の上の方へとヒラヒラ飛んでいく。
 ヒカルも蝶々に気が付き、私に笑顔を向ける。その笑顔はまだ淡いままだった。
「ヒカル、まだ薄いままだ」私は思わず心配を口に出す。

「うん。ここは次元の重なりが強いから仕方がないの。でもそのかわり、ここではきっと・・・」
 ヒカルは何かを確信したように、私に意味深な視線を投げかけた後に、すぐ蝶々を追いかけて一つ小高くなった丘の上へと向かって歩いていった。
 私もそれにつられて歩きだす。
 
 先に丘の上へとたどり着いたヒカルは、笑顔で私を振り返り、丘を越えた向こうを指差しながら言った。「ほら、あそこ」
 遅れて丘の上のヒカルの横に並んだ私は、ヒカルが指差す方向を見て驚いた。誰かいる。二人。こっちに向かって手を降っている。
 私は目を凝らして見て、もっと驚いた。

「おばあちゃん!・・・リンも!?」


・・・つづく


 
 
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