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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星  81

 蝶を追いながら歩いていると、段々と近づく森の木々が立ち並ぶ様子がはっきりと見えてきた。
 一方で、左へと分かれていたもう一つの道は、今や大分遠くに離れて見える。
 なぜこちらの道でなければならなかったのか、今の自分に知る由もない。
 とにかく、導かれるままに進むのだ。もうあと少し歩けば、木々が立ち並ぶ森の中へと足を踏み入れることになるだろう。
 森の中に何が待っているのか、行ってみないと判らない。だったら、進むのみだ。
 そんなことを考えながら、少しだけ後ろをついて歩いているヒカルの様子を見ようと振り返った時、同じようにヒカルが険しい表情をしながら、自分の背後へと振り向く姿が目に入った。

 そして、間髪入れずに地中から激しい軋み音と、巨大な岩石が粉々に砕けて割れたような轟音が響き渡った。
「うわっ!」大きな音に驚いて思わず声を上げた次の瞬間には、現実世界を大きく揺らしたあの巨大地震のような揺れが私たちを襲った。
「きゃあ!」ヒカルも私も、激しい揺れに動くことができず、その場で地面にへばりつくように体を伏せることしかできない。地中の軋む音は、私たちが歩いてきた方角から、恐ろしいほどの速度でこちらに近づいているように聞こえ、同時に巨大な岩を砕くような音もそれに追随してこちらに迫っているようだった。地面は大きく揺れ、空気にも伝わる異常な振動が体の芯まで揺らされているような感覚。堪らず頭を抱えて目を閉じ、その場でうずくまる。

 どれくらいそうしていただろう。現実世界の巨大地震のときと同じく、その時間はとても長く感じられた。
 しばらくして、轟音が止み、揺れも収まってくる。未だ少し揺れが残るところで、私は顔を上げて辺りを見回した。
 同じような体制で顔を上げたヒカルと私は、目を合わせてまずお互いの無事を確認する。
 そして、すぐさま目に入ってきた異常な光景に、私たちは思わず息を呑む。

「…無い」私はそうつぶやかずには居られなかった。
 ー無いのだ。
 自分たちの進んでいる道から左側の地面が、左半分の世界が、ごっそりと失われていた。
 私は崩れてなくなった地面の際まで這いながら近づき、恐る恐る、崩れた地面を覗き込んだ。
 眼下には断崖絶壁と、真っ暗な底なしの闇が、見渡す限りどこまでも広がっていた。
「ひゃっ!」腹の底をすくわれるようなゾワッとした感触に、思わず変な声が出る。

「巡りの穴が急速に広がっている・・・」私の隣に来てこの様子を目にしたヒカルはそうつぶやいた。
「もし、俺達が左の道を進んでいたら・・・」私は言葉の最後までは言えずに、ヒカルを見る。ヒカルは、私のその質問に対し、無言の頷きで答えた。

 怖くなり、私とヒカルは腰が抜けたように這いながら慌ててもとの道に戻り、ようやく立ち上がって、二人とも森に向かって駆け出していた。「もうまじで、時間がない!」「うん!」

 さっきまで私達の前を優雅に飛んでいた2匹の蝶々は、気がつけばもう消えていた。


・・・つづく
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