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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 15



 私は、沈黙した。
 少しの間、言葉を発する気が起きない。
 あまりの事の重大さに、脳のヒューズが飛んでしまった、そんな感じかもしれない。
 なぜ、自分の選択一つで宇宙が消えなくてはならないのか。未だ釈然としない。
 かといって、目の前のヒカルや、変わってしまった橋爪部長やアサダさんが、こぞって自分をからかっているとも思えない。
 ヒカルから聞いた話は、全て事実として受け止めなければならないのだ。

 ・・・現実逃避はしていられない。宇宙の運命を、私が握っているのだ。ヒカルも怖がっている。さっき、目が恐れに揺れていた。
 宇宙の一大事を前に、一生懸命、この私にコンタクトをとってきているのだ。よくわからないけど、次元を越えてまで。
 努めて冷静に振る舞おうとしているのは、ひょっとしたら、私への気遣いではないだろうか。
 私が情けなく取り乱さないように。そして、私を責めないように。
 何だか、とても申し訳なく思えてきた。言うならば、今の自分という存在が、世界を消滅の危機に追いやっているということだ。でも、それはヒカル以外、誰も知らない。

 そう思った時、私の脳裏に、アサダさんや橋爪部長、会社の同僚や、母親、父親、友達、電車の中で見かけたカップル、子どもたち、色んな人たちの笑顔を見た気がした。
 最近つらいニュースばかり見て、世の中に少し嫌気がしていたけど、自分が目にした笑顔も沢山あった。
 悔しい思いをしたし、腹が立つこともあるけど、たまたま入ったお店の料理がおいしかったり、ついこの間は綺麗な桜の花を見たり、空が綺麗だったり、すごく嬉しい気持ちになったことも沢山あった。
 
 この世界の人たちの喜怒哀楽、丸ごと、自分が責任を持って守らなければいけない。
 早くこんなシリアスな状況から抜け出して、くだらない冗談でも言って、目の前のヒカルを笑わせてあげられるようにしないと・・・。

 観念した私は、自分がこれから行うべき事に向き合うことにした。

 何か今から準備できることは無いのだろうか。そう思って、ヒカルに聞く。 
 「・・・その、夢の中で、俺は何処にいるんだろう」
 これから自分はどんな状況に置かれるのか、少しでも想像することが出来れば、心の準備もできるというものだ。

 だが、ヒカルは首を振って応えた。 
 「それは判らない。とにかく、変化してしまった巡りの内、特に影響の大きないくつかの場面をかいつまんで体験する事になる筈。その前後の脈絡自体はあいまいで、途切れ途切れに場面が変わってしまう、気まぐれな夢のように」

 「そうか、キミにも、判らないことなんだな」
 
 「・・・」

 「ねえ、もう一回聞くけど、キミは一体何者なの?」
 
 ヒカルはさっき同じ質問した時と同じ表情を崩すこと無く言う。
 「・・・それは言えない。もし言えば、あなたの巡りに強く影響して、私の存在がそのものが消えるかもしれない」

 「・・・えっ」
 私はハッとした。うかつだった。そんな危険を犯して、ヒカルは今ここにいてくれているのに、それに気づいてやれなかった。
 それなのに、怯えるでも、怒るでもなく、冷静に諭すように、私に一つひとつ、言葉を掛けてくれる。

 「でも、いずれ自然と判る時が来る。その時まで待っていて」

 ・・・もう、いい、わかった。キミは、ヒカルだ。他の誰でも無い。とても勇敢で、賢くて、きっと、すごく責任感が強くて優しい人なんだ。

 「うん、わかった。・・・ゴメン、もう聞かない」



・・・つづく
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