サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

環境芸術のすすめ

2007年11月17日 | 環境の芸術
1."環境芸術"とは

 "環境芸術"とは、一般にアースワークやランドスケープアートと称される現代芸術の1分野と捉えられることが多い。アースワークの代表的作家として知られるのは、ゴールズワージである。紅や黄に染まった木の葉を水面に連ねた作品の写真展示を目にした方もいるだろう。自然の素材を材料に、自然空間の中に作品を置いてみせる手法に特徴がある。

 これに対して、ランドスケープアートと称される芸術作品は、ダイナミックである。その第1人者であるクリストは、茨城県の水田と丘陵の境界の地に青い傘を、カリフォルニアの砂漠の山々に黄色い傘を何本も並べ、国内でもクリストまんじゅうが売り出されるほどに、人気をはくした。 平成8年版環境白書では、"環境芸術"について、次のように記している。

 「現代の芸術には、"環境芸術"と呼ばれる新しい試みが現れている。これは絵画や彫刻のほか、音や光、さらには日常的な物体なども素材として、環境の中において芸術を作ろうとする動きといえよう。これには2つの方向が認められる。1つが環境の芸術化であり、従来美術館で展示し、ホールや劇場で上演されていた芸術を環境の中に解放し、環境の一環として位置付けようとする方向である。(中略)もう1つの方向は、環境の芸術化であり、もともと芸術とは無縁である種々の環境を芸術たらしめるものである。」

2.「最上環境芸術祭」の概要

 ここでは、"環境芸術"の1つの事例として、山形県最上地域で展開されている「最上環境芸術祭」を紹介する。

 山形県最上地域は、広域市町村圏全体の地域活性化の方向として、「環境と人とが共生する日本におけるモデル地域(最上エコポリス)」を掲げている。これをもとに、構成8市町村の事業として、ハード及びソフトの事業が実施されており、その1つのアクションが「最上環境芸術祭」である。

 「最上環境芸術祭」の開催場所は、最上地域内の中心都市である新庄市内の駅前商店街及び郊外の田園である。なお、同駅前商店街は、他都市の例にもれず、大型店の郊外進出による中心商店街の空洞化が深刻であり、歯抜け状に空店舗が生じている。この空店舗が、屋内作品の展示の場として活用された。 開催期間は、平成8年10月6日~13日の1週間で、同地域で従来より実施されてきた「最上大産業祭(地場産品の即売を中心に行うもの)」や新庄市行政で作成した「新庄市環境基本計画」を市民に問うシンポジウムと同時期に実施された。

 なお、「最上環境芸術祭」は、6つの企画イベントの合作であり、東北芸術工科大学の阿部定先生が全体コーディネイターを務められた。阿部先生と学生有志が企画、制作を行った「環境芸術展」を中心に、地域在住の手作り名人による「最上こだわりの手造り展」、高校生による「エコ・アートに挑戦」、小・中学生による「創意工夫展」、市内店舗による「エコロジー実践の店」、新庄市制作の「バーチャルサウンドで聞く最上」といったラインナップである。

3.「最上環境芸術祭」の作品群

 作品展示は、近い将来に山形新幹線のターミナル駅となることが期待される新庄駅から駅前商店街、城跡である最上公園、郊外へと直列に配置された。駅からの順路に沿って、「環境芸術展」の主な作品を紹介しよう。

 新庄駅を降り、最上公園へと続くルートの入り口に、空店舗を活用し「環境芸術祭ショップ」が置かれた。全体の案内と作品をプリントしたTシャツが販売された。ショップを覗き、駅前商店街を歩くと、中ノ川の上に架かる橋を通る。中ノ川の川底では、「水の中にいてほしいもの」「ゆらぎ」の2作品が置かれた。水の中にいてほしい生き物(金魚)、川面に映し出される最上地域の風景は、普段はコンクリート三面張の川として目を背けがちな川に、人の目を向けさせた。

 空店舗で展開された「生命線 E140"18"18"」は、経度を同じくする地域を映像で紹介する作品である。同期されて写し出される各地のビデオ映像は、地球を俯瞰する気分にさせてくれた。 さらに、床屋の空店舗で展示された「育つ 形」では、カイワレダイコンなどの速成植物を、屋内に並べた。開催期間の間に、芽の形は刻々と変化し、生命の力強さや細さを感じさせた。

 同じく空店舗で制作・展示された「ピンホールカメラ-穴録館」は、まちの人物像を切り出してみせた。目立ちたがりの議員さん、好奇心旺盛の高校生などが巨大カメラの前に立ち、ピンホールゆえに重厚な感じのする写真となった。制作現場は、換気が悪く、現像作業をする学生さんの熱意が篭っていた。 最上公園のお掘りでは、「A Capricious Wind-煌きの最上」と「竹竿大作戦」が展開された。お掘りの土手に配列された銀色の風車は、マンジュシャゲの現代芸術版である。竹竿の作品は、お掘りの上で、「今まさに魚を吊り上げようとしている緊張感」を伝えようとした。

 圧巻は、中心商店街の上に突如現れたアドバルーン群「新庄浮景」と田園の恵みを強調して見せてくれた「最上颯爽-田園に煌く風の形」である。最終日に、突如として浮かんだ「新庄浮景」は、郊外からみても目立ち、芸術と町の賑わいのアドバルーンとなっていた。アドバルーンのある町は、デパートの屋上のような奇天烈さと懐かしさを感じさせた。

 「最上颯爽-田園に煌く風の形」は、赤と黄と銀の防鳥テープ1万本(公称?)を田植えの終わった田園の上に張り巡らした。自然の恵みをいただいた後の至福の時を喜ぶかのように、赤と黄、銀の光が煌き、その加減は太陽の傾きと雲の成り行きに任せて、刻々と変化していた。見ていて飽きない、時間を忘れる作品であった。借景となった山も、山と田園と市街地の連続を意識させ、効果的であった。テレビ文化に染まった私には、真夜中のブラウン管の画面のようにも見えた。

4.「最上環境芸術祭」の手法的特徴

 「最上環境芸祭」について、企画段階からの経緯を振り返り、手法上の特徴を整理する。

(1)大学が主導したイベントであること

 「最上環境芸術祭」の企画当初は、外部のアーティストを招聘し、国際イベントにもできればという考え方であった。結局、"環境芸術"に対する地域内の理解が進んでいない段階で、外部からの持ち込みは効果が低いという判断もあり、地域主導で実施することとなった。

 そして、全体コーディネイトを東北芸術工科大学の安部定先生を担当され、先生の主催するチュートリアム学生達の制作が中心のイベントとなった。 このことは、地域づくりに大学が関与するよい実践例としての意味を、このイベントに付与させた。大学は、研究成果を地域に還元し、学生のマンパワーを提供する地域づくりの実践主体であるとともに、行政(県と市町村)、地域住民、地元企業等のインターミディアリとして機能することを、今回のイベントが実践して見せた。

 なお、イベントの舞台である最上地域は、大学のない地域である。この地域に、東北芸術工科大学が始めて関与したことは、大学があることに慣れた地域以上に、その効果を感じさせた。例えば、市職員は同大学の関与それ自体を喜び、地元住民は制作者である学生が町中を回遊すること自体を喜んだと聞く。

(2)多様な展示を1つにまとめたこと

 先に述べたように、「最上環境芸術祭」は、東京芸術工科大学の阿部定先生及び学生有志が制作した「環境芸術展」だけでなく、最上地域の手作り自慢の展示、新庄市内高校生、小・中学生等が制作者となった展示を内包するものとして開催された。

 また、主な展示舞台となった中心市街地の商店の参加も「エコロジー実践の店」として組み込まれ、「バーチャルサウンドで聞く最上の民話」という先端技術を用いた試みを実施された。 こうした多様な試みを、「最上環境芸術祭」として括ったことも、本イベントの特徴であり、小さな予算を大きなイベントに見せる工夫であった。

(3)商店街活性化方策としても位置づけたこと

 「最上環境芸術祭」は、田園や山等の風景の魅力を引き出すランドスケープと中心市街地を舞台にしたエコロジーを考える2つの視点から、企画された。実際には、郊外を舞台にした作品は、「最上颯爽-田園に煌く風の形」の1作品であり、残りは新庄駅から最上公園を結ぶ直線上で展開された。これは、市街地の中心商店街の活性化を考慮した結果と聞く。

 空洞化が顕在化する中心商店街は、空店舗が多く、この空店舗を作品の展開・展示の場としたことが、他地域の類似イベントと比較した本イベントの大きな特徴となった。

5.環境政策からみた"環境芸術"


 "環境芸術"のイメージを少しでもおわかりいただけただろうか。テーマあるいは素材、舞台(キャンパス)がエコロジカルなものであれば、定まったものではないといえよう。次に、"環境芸術"の政策上の意味を、環境政策、芸術文化政策、地域振興政策の3つの観点から考えてみる。まず、環境政策における"環境芸術"の持つ意味である。

(1)環境白書で"環境芸術"が記載されたこと

 平成8年版環境白書を再度、引用する。

 「人は経済社会活動の主体として生きるだけではない。社会の中での役割から離れて自然とふれあい、様々な遊びを楽しむことを通じて、自然の理に気づき、あるいは精神や心の働きを通じて芸術の美を創りだし、倫理を自覚する力を持っている。持続可能な社会を構想し、実現していく力は、こうした人間の精神と心が健全に育まれるところから生まれるのではないだろうか。」

 このような記述を行うまで、環境政策が進展してきている。環境庁が公害防止のための規制を行い、自然公園を管理するという限定的役割に留まっていた時代を考えると隔世の感がある。

 この背景には、環境問題の発生源が不特定化し、被害・加害という対立構図が崩れてきたこと、そのため不特定多数のあらゆる主体の環境配慮が求められ、環境教育政策が推進されてきたことがある。 そして、環境教育政策が、マニュアル化された環境改善行動の普及のみを目指すのではなく、環境に対する親しみの醸成や環境に配慮しようとする姿勢をも求めていることから、"豊かな精神活動"である"環境芸術"が、環境政策に取り上げられてきた。

(2)"環境芸術"の"癒し"、"気づき"、"創い"

 論点を狭め、環境教育にとっての"環境芸術"の持つ意味を考えてみよう。3つの側面から整理する。

 1つめは、"環境芸術"が"癒し"の側面を持つことである。"環境芸術"は、環境の魅力を増幅させ、観客に環境への親しみ(トポフィリア=場所愛)を抱かせる。環境教育が、最終的に環境配慮行動の実践を重視するとしても、実践の土壌となる環境への親しみがなければ、環境配慮への契機もなく、行動の継続性や発展性も生まれない。"環境芸術"が、環境の美しさや心地よさ、不思議さ等を伝え、個々の感性に"癒し"を与えることは、環境配慮への関心から行動を支える基本的な点として重要である。

 2つめは、"環境芸術"は"気づき"の側面を持つことである。すなわち、"環境芸術"は、環境と人間との関わりの意味を増幅させて、引き出し、観客(あるいは製作者)に伝える。このことは、芸術が「観客の感性を照射する写し鏡(阿部定先生の発言)」であり、"環境芸術"の照射するものが環境と人間との関わりであることを意味する。環境教育が個々の主体的な取り組みとその契機としての思考上の"気づき"を重視することから、"環境芸術"は貴重な環境教育手法である。

 3つめは、"環境芸術"が"創い"の側面を持つことである。人間の創作活動である"環境芸術"は、環境配慮の実践が決められたマニュアルの遂行ではなく、創造的行為であることを喚起させる。このことは、"環境芸術"が伝統的技法に囚われない自由な芸術表現であることに関連する。一方、環境教育が、主体個々の特性と情況に応じて、個々の創意による環境と関わりを期待することから、その具現化である"環境芸術"が環境教育、重要な意味を持つ。

 以上のように、"環境芸術"の持つ"癒し"、"気づき"、"創い"の側面は、環境を学ぶ上で重要である。


6.芸術文化政策からみた"環境芸術"

 環境白書では、アースワークが運動論的意味を持って登場したことを指摘している。つまり、アースワークを実践した作家たちには、「画廊や美術館などの展示空間や商品としての作品という、従来の芸術をめぐる問題に対する批判」と「環境汚染や都市化による人間の疎外、こうした現代文明に対する懐疑によって触発された、地域環境に対する意識の目覚めや、自然との共感への願望」が共通するという指摘である。

 芸術が社会経済状況や社会的通念・価値規範等と相互に連動している活動であるゆえに、"環境芸術"は自然と乖離する方向に肥大化した芸術界や現代文明を批判し、オルターナティブを模索するという時代動向と連動している。すなわち、"環境芸術"は、これまでの経済効率や技術の至上を見直し、環境配慮を優先する時代の文化的象徴といえる。

 さて、社会メッセージ性の強い"環境芸術"であるが、芸術文化振興において、"環境芸術"はどのような意味を持つのだろうか。

 1つの側面として、"環境芸術"が、身近な環境をテーマ、素材、舞台とすることを指摘したい。「最上環境芸術祭(環境芸術展)」の作品でみても、そのテーマは最上地域の環境や新庄のまちであり、素材は身近なカイワレダイコンや防鳥テープ等である。また、作品の舞台も、駅から西山の方向に延びる中心市街地であり、中心市街地を流れる川や空店舗、郊外の田園等である。 こうした身近な環境が、テーマや素材、舞台として、芸術作品に昇華されることは、日常生活と芸術文化活動の連続性を意識させる。

 海外の有名アーティストの作品の鑑賞が芸術文化活動だと思いがちなわが国芸術文化の貧困を戒め、日常的に文化活動を定着させる可能性を"環境芸術"が持っている。 また、"環境芸術"が伝統的技法に囚われない自由な芸術表現であることもまた、芸術文化を身近に感じさせ、日常的なものとして定着させる上で重要な側面である。

7.地域振興政策からみた"環境芸術"

 "環境芸術"を最上地域で具現化した「最上環境芸術祭」は、エコポリスという方向での地域振興を目指すアクションとして位置づけられた。

 「最上環境芸術祭」の当初の企画書では、「地域住民による自然の豊かさの再認識」、「国際的なイベントによる地域のアピール」、「伝統と未来との融合による新たな文化の創出」の3点を狙いとした。 この3つの視点から、"環境芸術"の持つ環境教育、芸術文化政策上の意味を踏まえ、地域振興策としての"環境芸術"の意味を整理してみよう。

(1)地域住民による自然の豊かさの再認識

 地域振興を語る場合、経済や人口指標等で示される見た目の活性化はもちろんであるが、より重要な側面として"心の活性化"がある。この"心の活性化"を図ることが、「最上環境芸術祭」の狙いであった。 先に、"環境芸術"は、日常なにげなくみている環境の魅力を引き出し、そこに、地域住民の目を向け、身近な環境への"癒し"と環境と人間の関わりへの"気づき"をもたらすため、貴重な手法であることを示した。

 これは、環境教育政策としての解釈であるが、この側面は"心の活性化"からも捉え直すことができる。 すなわち、"環境芸術"は、地域住民が身近な環境の魅力に親しみや愛着、誇りを持って暮らし、より心豊かに暮らすことの契機となりえるのである。また、時間軸、空間軸で広がるよりグローバルな世界を、自己の意識下に置くことで、地域住民の精神はより開放されたものとなろう。

 このように、"環境芸術"は、そこに暮らす地域住民が、身近な環境(及びそれを関係する地域の外)を感じて、より豊かに暮らすことの契機となり、1つのシーンとなりえる。これは、「環境問題解決のため」という狭い意味での環境教育(学習)ではなく、自己と外界を合一させ、人間発達のステージを高める方向での広い意味での環境教育(学習)でもある。

(2)国際的なイベントによる地域のアピール

 "環境芸術"は、地域外に地域をアピールする手段でもある。このアピールの意味は、環境芸術祭を実施することを他地域に広報し、地域存在をアピールすること、実際の外来者に、地域の魅力を伝達すること等である。

 さらに、より多くの外来者も招くことは、交流人口を増大させることとなり、賑わい感の創出、観光消費の増大等の振興効果をもたらすこととなる。

 なお、国内で類似イベントの例としては、表のようなものがある。「滝沢アートフィールド」の開催事務局である画廊の話では、作家が毎年50~60名程度参加しており、うち県内作家が半分、東京近郊や東北の作家が半分程度とのことである。このイベントは、地元作家の希望で始められたもので、村の一般住民にはわかりにくいが、継続することで少しづつ理解してもらおうと考えられている。"環境芸術"が必ずしもポピュラーなものでない現在、多くの観客を集めるイベントとなっていない。ただし、同事務局がいうように、常識とは違う試みに対し、珍しい、おもしろいという反応こそが、"環境芸術"の特性なのかも知れない。

 また、企画当初では「最上環境芸術祭」は、海外アーティストも招聘する国際イベントとして実施する計画であった。この先行例では、牛窓の国際芸術祭がある。

(3)伝統と未来との融合による新たな文化の創出

 地域の定住戦略においては、より魅力的な生活様式を提供することが重要である。魅力的な生活様式とは、単なる地域の伝統的様式の継承でもなく、東京的な生活様式の模倣でもない。それに替わる第3の生活様式とは、自然と人間とが等身大に関わる伝統様式と、これまでにない新たな未来様式を融合させたものであることが期待される。

 伝統的様式をただ継承することの退屈さと、東京を模倣することでまた東京との差が際立つという悪循環を断ち切る道が、伝統と未来的な様式を融合させることである。自然の豊かさを享受し、自然と密着した文化を、より洗練された手法で楽しむスタイルこそが、「わが地域は、東京以上に魅力的で先進的だ」と感じさせるのではないだろうか。

 この意味で、"環境芸術"は、現代芸術という新たな様式を地域の伝統様式に馴染ませ、オルターナティブな様式を創造する試みでもある。 例えば、それは豊かな山の恵みである山菜を食材としたフランス料理や雪の中で楽しむニュースポーツのようなものである。

8.おわりに

 本稿は、"環境芸術"の面白さやその政策的意味を少しでもお伝えしようと思い、山形県企画調整部地域計画課等に提出したレポートを基に編集したものである。 そして、本稿の狙いは、"環境芸術"の紹介であるとともに、環境保全と地域活性化の表裏一体性の検証である。残念ながら、「最上環境芸術祭」1回のイベントでその効果を十分に計ることはできないが、その可能性を嗅ぎ取っていただけたら幸いである。

 そして、「最上環境芸術祭」のような各地域の取り組みが粘り強く継続され、地域内外の衆目を集めることで、様々な政策場面で、環境保全と地域活性化の表裏一体性の重要性を増していくことを期待したい。

 なお、本稿は、1996年時点に作成したものである。このため、「最上環境芸術祭」の現状を踏まえた記述ではないことをお許しいただきたい。


【参考文献】

白井信雄、「環境芸術を展べ、開げる」、総研レビューNo.19、1997、三井情報開発(株)総合研究所


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