サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

参加の梯子と環境政策

2007年11月17日 | レポート
1.市民主導性が高い環境政策の必要

 市民は、環境問題の加害者、あるいは被害者であり、さらには環境問題の解決のための啓発・活動主体である。こうした様々な利害側面において、市民は環境行政への参加の度合いを強め、担い手となっていく必要がある。
 しかし、一口に市民参加といっても、市民主導性の程度において、様々な段階がある。このことを、米国の社会学者であるアースタインが「参加の梯子」という考え方で整理している。行政計画のパブリックコメント、あるいは有識者で構成される委員会への市民参加等は、アースタインがいう「形式的な意見聴取」に留まる場合が多く、真に市民の声を反映したり、市民の力を活かすことにはならない。より市民主導性の高い参加型環境政策を進めていく必要がある。
 本稿では、環境行政に関わる市民参加のうち、特に市民主導性の高い取り組み事例を紹介する。さらに、市民主導性が高い取り組みを推進する上での課題とその克服の方法を整理する。

2.市民主導性が高い環境政策の事例

(1)環境行政への市民参加のメニュー

 環境行政における施策の立案・計画・実施・評価等の様々なステージに対して、市民は知恵や情報、労働力、資金等を提供することができる。
ここでは、全ての事例の説明がしないが、市民一人ひとりの能力や意欲を活かす仕組みづくりが、各地で進行しているのは確かである。

環境行政への市民参加の多様な例

 知恵・情報
  ・市民研究員  ・市民モニター  ・市民公聴制度
  ・市民環境監査 ・地元学     ・市民シンクタンク
  ・市民アドバイザー ・電子市民会議室  ・コンセンサス会議

 労働・技術 ・エコマイスター
  ・ワーキングホリデー   ・アダプト制度(里親制度)  
  ・エコマネー(地域通貨) ・市民の森制度
  ・森林ボランティア    ・市民緑地制度

 資金・総合
  ・市民トラスト  ・市民オーナー制度  ・市民共同発電
  ・ワーカーズコレクティブ  ・チャータースクール
  ・市民バンク   ・グリーン電力
  ・コミュニティビジネス(市民起業)


(2)市民主導性が高い事例

 特に市民主導性が高い取り組みとして、5つの事例を紹介する。

【事例1】市民環境監査制度
 行政や企業が環境管理システム(ISO14001)においては、環境監査を受ける必要がある。この環境監査には内部監査と外部監査があるが、特に外部監査は外部の専門家でないとできない仕組みになっている。この外部監査を市民の手に委ねようというのは市民環境監査である。もっとも、既存の実施例では、正式な監査ではなく、あくまで公募した市民に説明し、意見を求め、その経緯を広報等で知らせるというものである。
 海外(イギリスの自治体)では、一般市民に専門的な教育を行い、その上で正式な監査を行っている場合もある。国内行政における環境監査の柔軟な運用とアイディアが期待されるところである。

【事例2】コンセンサス会議
 「コンセンサス会議」は、1980年代半ば、デンマークの議会付属組織であるDanish Board of Technology(DBT)が開発したテクノロジーアセスメントの一手法である。これは、市民や専門家などが参加して開催されるプログラムを通じて、技術開発が社会や市民に与える影響を評価し、また科学技術を巡る社会的な討論を促すことを目的としている。
 この方法で注目されるのは、原子力発電所や遺伝子改良問題等、客観的な議論のために専門知識が必要とされるテーマの議論を、市民に委ねている点である。具体的には、市民パネルと専門家パネルを設置し、専門家パネルが市民パネルに専門的レクチャーを行った後、市民パネルに議論を預ける。市民パネルは質問等をさらに専門家パネルに投げかけ、その回答を得た市民パネルがさらに議論を行うという方法がとられている。
 1997年にはオーストリアで対流圏オゾンに関する「コンセンサス会議」が行われた。これもデンマークと同じ手続きが取られたが市民パネルの参加者は18~26歳の若者に限定された。

【事例3】地元学
 あらゆる住民の参加による地域づくりに徹底的にこだわろうと始まったのが、「地元学」である。1990年頃、仙台市宮城野区において、民族研究家の結城登美雄氏らがはじめたのが最初とされる。ほぼ同時期に、水俣市でも市職員の吉本哲郎氏が、水俣病で分断された地域コミュニティを再生するという観点から「地元学」を提唱し、水俣の地での実践と全国への情報発信を展開してきた。吉本氏のホームページによれば、現在、全国80箇所以上で「地元学」の手法による地域づくりが実践・模索されている。
 「地元学」は、手続きだけをみると、地域住民が地域を調べ、マップ等を作成し、地域の明日のことを自発的に考え、行動を起こすということになるが、特に次の点にこだわっている。
外部の専門家(ヨソ者、風の人とも言われる)は、住民の気づきを手助けする役割に徹する。住民による調査結果を勝手に引用して、計画の材料にしたりしない。この外部の役割を、“アニメータ(元気づけるものという意味)”と称する人もいる。
住民が、自ら調べ、学び、何をなすべきかに気づいていくためには、時間がかかる。何時までに素案を作成しなければならない等という期限をきってはならない。

【事例4】アダプト制度(里親制度)
 「アダプト制度」は、高速道路の維持管理(ごみ清掃)を地域住民に委ねる手法として、米国テキサス州で発案されたもので、いうものである。行政が整備した高速道路を市民に里親に出すという意味である。この例では、行政(道路管理者)と地域住民組織の間で、相互の責任範囲に関する協定を結び、実行を担保させている。
 日本では、高速道路に限らず、公共基盤の美化活動、あるいは美化活動全般、あるいは公共基盤の維持管理全般などを市民に委託する意味で、広く「アダプト制度」が解釈され、適用されている。
 この制度と似たものに、「市民の森制度」がある。横浜市等で考えられた方法であるが、現在では都市緑地保全法等でも位置づけられている。この制度は、里山(都市近郊林)の多くが民有林であり、買い上げによる公有地化も困難であることから、地権者と行政が賃貸契約を結び、地権者に土地関連税制の優遇等を図るとともに、周辺住民等の組織に借りた林地の維持管理を委託するというものである。「アダプト制度」が公共施設等であるのに対して、「市民の森制度」は地権者から借りた林地であるという違いである。市民への維持管理委託、市民労働力の組織化と契約による担保という点では、両者の仕組みは基本的に同じである。

【事例5】市民共同発電
 最後に、市民参加型の経済活動として、「市民共同発電」を取り上げる。これは、一般市民の小口の出資を集め、太陽光発電や風力発電が設置し、売電収入を出資者に還元するという方法である。電力会社が行っている場合と、市民活動家が主体となっている場合がある。
 市民活動家が主体となっている滋賀県の例では、1997年6月に、全国で初めて市民共同出資というスタイルによる太陽光発電施設が設置されている。この設備は、障害者自立を目指す民間事業所の屋根を設置場所としている。発電した電気は、太陽光パネルが設置されている事業所で使用し、余った電気を売電している。環境負荷の少ないエネルギーの生産を広げて行くためには、イニシャルコストを補助金で賄う方法に限界があり、コストの負担者に何らかの還元をしていく方法が必要であるという考え方から、市民共同発電所が生み出された。
 この施設の設置以降、福井県、大阪府に同様の市民共同発電所が設置されるなど、市民共同発電所の設置が広がってきている。

3.市民主導の参加型環境政策の課題等

 市民主導性を高めるためには、「専門家ではないとわからない」、「市民は感情的・無責任」等という理由で、市民を排除していた領域においても、市民参加の仕組みを積極的に整備していくことが必要である。2に示した事例に見られるように、専門的知識がなければ、学ぶ機会を提供すればよいし、責任関係が曖昧になるのであれば協定等を結べばよい。
 しかし、市民主導性の高い取り組みは、より多くの時間と手間を要する。この時間と手間を惜しまないこと、そして行政職員が市民のサポーターに徹し、時間的制約(期限)を意識する余りに成果をあせらないことが、市民主導の参加を実現する秘訣である。例えば、トータルの予算額が同じであっても、これまで2年間でやっていた計画づくりを3年間で行うことにするだけで、市民主導性の高い取り組みが容易となる。
 一方、市民主導性が高い取り組みであっても、一部の熱心な層が盛り上がるだけで、多くの無関心層に参加機会が広がらないという問題がある。これを回避するためには、環境配慮に特別、熱心な、いわゆるマニア層(全体の2~3%といわれる)ではなく、オピニオンリーダーとなる層(同1割強)を中心に、参加機会を立ち上げることである。オピニオンリーダーが参加することで、多くの人々が追随することは、いくつかの事例が証明している(注)。

4. おわりに

 市民主導性の高い環境政策を進めるうえで、行政の不可侵な領域(聖域)をつくってはならない。行政のあらゆる分野の議論や実践において、市民に預けてみることが大切である。そして、市民主導性の高い取り組みに、市民側も行政側も慣れていない状況においては、試行を重ね、その経験知を地域内での積み重ねていけばよい。

注)米国の社会学者であるロジャースは、「イノベーションの普及学」の中で、新しい行動等は、革新者→初期採用者→追随者→遅滞者の順で伝播・普及するという実証的研究を示している。


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